上海

ウズベクから北京に戻るのにはウズベキスタン航空を利用しました。
アエロフロートを更にボロくしたような飛行機を想像していた私はびっくり。
ピッカピカのボーイングだったし、客室乗務員のサービスぶりも良かったのです。
パリやN.Y.にもフライトしていて感心しました。もうじき日本にも便ができるそうです。
(2003年追記:2003年秋現在、関空に週3便運航中!)
国内を走る車やバスはあんなにぼろぼろなのに、飛行機にはすごくお金をかけていました。
実際ウズベクの庶民には海外へでることは殆ど不可能に近いように見えたので、
いろいろ事情があるだろうけど、もっと国内の交通機関が新しくなればいいのに・・・と勝手に私は思いました。
それ程差が激しかったのです。

北京に戻って数泊した後、最後の目的地・上海に向かいました。
着いたのは夜で、北京から電話で予約したホテルにタクシーで行く途中に、
いわゆる「バンド」と呼ばれるヨーロッパの町並みのような建物が並ぶ海岸の道を通りました。
ライトアップされて綺麗で感激するうちにホテルに着きました。
さあ代金を払おうとして・・・
ない、ない!財布が無い〜!!
いつの間にか落としたようでした。スラれた可能性もありますが。空港ではあったのに。
どうにか小銭は持っていたので間に合いましたが、カードも入れていたし、
こんな事は初めてで、フロントで財布を落としたことを半泣き状態で話しました。
するとフロントのおじさんは
「ダイジョウブネ」と日本語で連発し、私を落ち着かせて、
日本の自宅にコレクトコールしてカードを止めてもらうようにと指示してくれました。
焦ってパニックになっている私に替わって空港に問い合わせしてくれたりと、本当に親切にしてくれました。
その間にも「ダイジョウブネ」を繰り返して・・・。
日本人バックパッカーが多く泊まるホテルだったのでおじさんは少し日本語が話せました。
もちろん英語はばっちりです。

幸い、大きなドル札や日本円は別に持っていた(ハラマキ)ので次の日に人民元に両替して、何とかなりました。
とりあえずカードだけが心配でした。
気を取り直して上海の街を散策したり、最後の買い物をしたりしました。
駅前のジャスコで、日清UFOの麻婆茄子味やパンダチョコなどの”受けねらい系”
おみやげをゲットしたり、デパートでシルクの服や革靴を買ったりしました。

朝7時には起きて、バンド名物の太極拳をする人々を見に行こうとしましたが
1ヶ月溜まった疲れの為か起きられず、8時前になって急いで見物に行くと
まだ少しやっている人がいました。これぞ中国の朝!ですね。

そうして上海で3泊ほどして船で大阪港に帰りました。帰りも船内2泊でした。
行きも一杯ではなかったけど、帰りの船はがらがらに空いていてどこかうらぶれた感じでした。
偶然にも行きの船でも一緒だった人が乗っていてびっくりしました。
行きと帰りは違う路線の違う船だったのに・・・。
その船は丁度台風が去った直後だったらしく、とんでもなく揺れまくりました。
ほとんどずーっとベッドから起きられませんでした。いま思い出してもめまいがおきそう。

最初から最後まで、何も起こらない日はないくらいに波瀾万丈でした。
それまでヨーロッパ一辺倒だった私には特にそう感じられました。
でも。いやぁ〜、また行きたい!!
次は違うルートでシルクロードを旅したいですね。
カシュガルからパキスタンへ抜ける
**クンジャラーブ峠越えが今の憧れです・・・。

** 2001年4月、パキスタン旅行でクンジャラーブ峠までは行って来ました!
しかし残念ながらカシュガルまでは抜けれず。今度こそ中・パ国境越えするぞ〜。

** 2007年〜2008年のにかけての年越し旅行で、ついにカシュガルへ行きました!
クンジャラーブ峠を越えたのではなく、ウルムチから飛行機で飛んだのですが、10年越しの念願叶って嬉しかったです。


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