ヒヴァ(大雨のカラクム砂漠)

ブハラ最終日夕方にやっとおなかが良くなり、次の日ヒヴァ近郊のウルゲンチへ出発出来ました。
紹介された運転手さんは朝6時頃迎えに来る約束だったのに、5時過ぎに来てドアをドンドン叩いてびっくりしました。
すごく急かされて慌ただしく出発しました。
まだ外は真っ暗で、このおじさん本当にちゃんと連れていってくれるのだろうかと
すごく心配でしたが、もう信頼して任せるしか他になかった・・・。

出発して少し行ったところで変な道に入っていき、えっ?ヤバい?と思ったらそこはおじさんの家でした。
奥さんが待っていて、チャイを飲んでいけと言って熱い紅茶を入れてくれました。
私が調子悪かったことを聞いていたのか、「おなかにいい」と言って飲まされました。
奥さんはしっかりしていて、私に
「先払いだ」と請求してきました。
後払いにしたかったけど、「トラブルは起こさないように。その人に連れていってもらうしかないんだから」
とホテルで知り合った日本人ツアコンの人にアドバイスもらっていたし、言うとおりにしました。
払ったら奥さんが殆どおじさんから取り上げてしまいました。
かかあ天下か?

ポットにチャイを入れてナンも持って出発!! すぐに砂漠の中の一本道に入りました。
おんぼろな車なのにめっちゃ飛ばして走るし、狭い道なのに強引に追い越しをするので
絶叫マシーンどころの怖さではありませんでした。私が「ひえ〜」「あちゃ〜」と
おののくとおじさんは喜んでワザとぎりぎりに追い越したりして心臓に悪かったです。

朝焼けやラクダの写真を撮ったりするうちにだんだんおじさんのこともそれ程怖くなくなりました。
20歳くらいの息子さんがいるそうで、嬉しそうにそんな話をしてくれたりして、きっと悪い人じゃないはずと感じられました。
私がウォークマン用に持って行っていたカセット(私的シルクロードスペシャル)を車のデッキでかけてもらったら、
すごく喜んで「これはジャズか?」とか聞いてきて一人盛り上がって
手放しで踊りだす!!
手は離さないでえ〜!

<2006追記>

今ならカセットなどではなくiPodやMDだろうからこういう音楽のコミュニケーションは
なかなか出来ないのではないでしょうか。iPod対応の車がウズベクに普及するのは何年後だろう?

そうやってなかなか楽しく危なく(?)走っていたら雨が降ってきました。
砂漠に雨が! 途中休憩で降りたチャイハナでトイレを借りたら屋外トイレ
っていうかちょっと目隠しにブロック積んでいるだけの砂漠トイレでした。
少し歩いても靴が濡れた砂でドロドロになりました。砂漠に雨、これも貴重な経験でした。
雨は次第に激しくなり、それでもおじさんは出来るだけ飛ばしていく・・・。
アムダリア河が見えてきてかなりウルゲンチに近くなってきたというときに、
車の調子が怪しくなってきました。すぐエンストしてエンジンかかりにくいようでした。
「大丈夫」と強気だったおじさんが、だんだん「少しプロブレム」と言いだし、
どこかの町に来たときには
「とってもプロブレ〜ム!」になってしまいました。
とうとうエンコしてしまったのです!! どうなんねん一体〜、と焦る私。
そこが小さな町だったのが救いでした。おじさんは、ウルゲンチへ行く乗り合いタクシーを探してきて、
私に「これに乗って行きなさい」と言って乗せてくれました。
結局おじさんはそこで車を修理できたのか・・・
バタバタしてちゃんとお別れが出来なかったのが残念でした。カセットも車の中のままでした。

ウルゲンチのホテルに着いたのは昼頃。あんな事があった割に予定より早かったです。
身体も本調子でないのに雨でとても寒く、部屋は暖かくなかったので毛布をもう1枚もらいました。
熱いシャワーが出たのは幸いでいた。
早朝からとんでもないことが連発で、まだ昼なのにとっても長い時間に感じられました。

次の日、ウルゲンチから日帰りで世界遺産の町・ヒヴァに行きました。
城壁で囲まれた中はすべて遺跡というかんじで、なるほど
「博物館都市」でした。
雨はあがって空は真っ青でしたが、気温は低く、内陸気候そのものでした。
おなか壊してから殆ど食べ物を口にしていない私は体温が下がっていたのか、
寒すぎていまいちじっくり見て回れなかったです。

ウルゲンチのホテルにも日本からのツアー客が宿泊していました。
夜、私がやっと何か食べられそうになりホテルのレストランに行くと、ツアーの人達も食事をしていました。
私はメニューがわからず、その団体のツアコンの男性に通訳をお願いしたことがきっかけとなり、
「一緒に飲みましょうか」と誘っていただきました。
ツアー客が部屋に戻った後、男性と私、ウズベク人男性やタタール系の女性とで飲み会が始まりました。
会話はロシア語だったので勿論私には殆ど理解できなかったけど
ツアコン男性が内容を簡単に通訳してくれて何とか話に寄っていました。
彼は次第にベロベロに酔っぱらい、ツアーの愚痴などを言いまくっていました。
関西(出身)人だったので、「あいつらアホじゃ!!」とか言ってたぞ・・・。

ウルゲンチに2泊したら、次の日にはもうタシケントへ戻ってその翌日北京に帰らねばなりませんでした。
ホント、長くて短い約2週間のウズベキスタン滞在でした。

最後に。
結局、例の「ウズベクの入国スタンプ」は必要なかったようでした。
あの夜行列車でのカツアゲは何やったんやー!!! ちきしょー。
北京行きだったからかたまたまなのか、出国時には殆ど何も揉めませんでした。
ちょっぴり期待したんだけどなあ・・・。
いえウソです。何も起こらないのが一番。本当は心配で心臓バクバクだったのでした(笑)

<2006追記>

いわゆる「CIS」内では、列車で国境を越えるのにわざわざ列車停めて入出国手続きとかしない
ようになっていたようでした。今はどうか分かりませんが。
私がどうして国境手続きが無い事に不安になってああいう羽目(カツアゲ)になったかというと、
その2年前に行った中央ヨーロッパでは、旧社会主義政権の国(チェコやハンガリー)を列車で
移動した際、国境でいちいち列車が停まりでっかい銃を持った兵士が乗り込んで来て
コワモテで「パスポート!」と言いながらスタンプ押したり荷物チェックしたりしていたので
中央アジアも同じく旧共産圏だから同じようにやるのかと思いこんでいたのでした…。
(チェコやハンガリーも民主化したとはいえまだビザも必要だった頃の話です。今はビザなしです)


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