机上の空論ではなく、事実の観測結果として厳然たる真実として存在する言葉であったとしても、
その意味を正しく理解する者が多いとは限らない。
深呼吸をして、僕は携帯電話の通話ボタンを押す。
数回の呼び出し音が耳の奥へ入ってきて、それが心臓の鼓動と重なると体に震えが走るように思えた。
目の前にはあぐらをかいた響時がいて、彼は目を閉じている、呼び出し音はまだ続いていた。
「留守なのかな…」
思わず呟いた瞬間、呼び出し音が停止する。
受話器を上げる短い音の後に、若い女性の声でそれは告げられた。
『はい、宝林財団広域調査部でございます』
「あ、えーと、私は奏条と言う者ですが、そちらに詩須人(うたすど)さんはいらっしゃいますか?」
『詩須人……ええと、どういった御用件でしょうか?』
「あ、ええと……あの、私は詩須人さんと個人的な知り合いでして、何かあった際にこちらに連絡するようにと言われたので今電話しているのですが」
『至急の御用件でしょうか?』
「はい」
『そうですか。大変申し訳ないのですが只今詩須人の方が外出しております。よろしければ、奏条様の連絡先を教えていただけないでしょうか、本人から連絡させる様に手配致します』
「あ、お願いします。携帯の番号を言いますので、そこにかけて貰えれば」
『はい。お電話番号を承ってよろしいでしょうか?』
「はい……」
脳裏に描いた自分の電話番号を読み上げて、相手がそれを確認するのを聞くと、僕は”よろしくお願いします”と言い、女性の声は”はい、失礼致します”と返してきた。
緊張の時間はそこで終わった、僕は通話切のボタンを押し、一呼吸入れる。
「いなかったのか?」
「うん、でも連絡くれるって」
「そうか……まずいな」
響時の呟きに、僕はうろたえる。”まずい”という事は、どういう事なのか、それがわからない。
しかし、それを訊ねようとした僕の先手を取って響時は事情を説明しはじめた。
「いや、まぁ”まずい”っていうのは俺の都合だから別にお前は気にしなくて良いんだけど……。何て言うかな、俺が聞きたかった事は、別に俺が知りたかった事じゃないんだ」
「え?」
響時の口から飛び出した妙な語感に、僕はそれが冗談かと思った。
だが、対する響時は真顔のままで、特にそういう意図を持っているようには思えない。
「いや……自分でも何かおかしな事言ってる自覚はあるんだが、そういう事なんだよ。……要はさ、俺が興味を持ってるって訳じゃないんだ」
「え、ええと、うん」
聞きながらそれを整理して考えると、つまり響時は誰かの代理で僕に話を聞きに来たという事だろうか。
という事は、響時とは別に話を聞きたがってる人が居るって事で……。
「……もしかして誰かがこの事について連絡を待ってるとか?」
「あー、うん、そうだ。話が早くて助かる。そういう事だ、それについて知りたがってる人間が居る。
ただ、お前と直接話すのはなんか本人抵抗あるみたいでなー、俺が頼まれた。
頼まれたんだけど……今の状態は想定外なもんで俺一人だと今後どうするべきか判断し難い、どーしたらいいかちょっと相談してこようかと思うんだが……その、お前としては、嫌じゃないのか?、そういうの」
聞かれてから初めて考えたが、今の所は別に嫌と言うほどではない。
思い出したくも無い過去ではないし、話すのに抵抗も無い……ただ、相手の事には興味がある。
僕の過去を知ってどうしたいのかはともかく、誰がそうしたいのかは知っておいたほうが良いと思うし、単純な興味本位でも知りたい所だ。
「相手が誰なのかくらいは興味あるけど……他は特に問題ないよ。その人と話した上で響時が来てるって事は、向こうは危ない人でもないんだろうしさ」
「危なくないっていう点に関しては多分お前の推察通りだよ、俺の勘だとほっといても無害だと思う。……たけどまぁ、それが誰なのかってのをお前に話すかどうかはもう一回確認しとくわ」
「うん、よろしく」
「おう」
短い言葉と静かな足音を残して響時は僕の部屋を出て行く。
見慣れた光景ではあったが、何故かそう思えない。
ここの所変な事が起こりすぎているせいだろうか。
世界は常に変わって行くという。
何かが変わっていくとして、それが明確な形ではっきりとどう変わったかを認識できるのは変わった後からだ。
僕の周りの変化もまた、そう言うものなのかとふと思う。
だとしたら、僕は今何かに気付かないでいるという事かもしれなくて、それはとても良くない事に思えた。
不意にベンチから立ちあがったかと思うと、スカートのポケットから携帯電話を取り出して何事か話し始めた陣後さんがそれを終えたのは、話し始めたときと同じく突然だった。
私に視線を向けた彼女は、その目を閉じると携帯をしまいつつ短く言う。
「今日中には判らない可能性が高い、ですって」
「そう……」
気の無い返事だと自分でも思った。
ただ、自然に出た言葉ではある。
落胆なのか、安心なのか、自分でも良く判らないが区切りの一つになったのは間違いない。
ただ、これは解決ではなく、先送りでしかないのだけど。
しかし、そう思っていた私に不意に投げつけられたのは、その安心の部分を打ち砕く一言だった。
「遥さん、響時から一つ質問されたんだけど、時雨君にあなたの事を話しても良い?」
「え!?」
それは……良いのか悪いのか、自分の事なのに判断がつかない事だった。
「あ、ええと、悪くは無いんだけど…」
「仕方が無いと思うけど、すぐには踏ん切りがつかない?」
「うん……」
奏条君への興味は、好きとか嫌いとかそういうのとは少し違うと思う。
でもそういうのが無い訳ではないし、だからこそ迷っている、まだはっきりしないのに、そういう感情があると告げるべきなのかどうかを。
「お節介だけど、私はなるべく早く言った方が良いと思う。好き嫌いだけの問題じゃないんでしょう?、だったら自分の事も話すべきだと思うわ、あなた一人の問題でもないみたいだし」
「私一人の問題じゃないって……?」
「何となくだけど、あなたと時雨君の間には色々あるんじゃないかなって思うのよ、何ていうか……超自然的な何かが」
冗談の様な言葉を真顔で言う彼女に、ふざけたような空気は見当たらない。
私をまっすぐに見つめる視線も、揺らぐ気配は無い。
「超自然……そんな大層な物かどうかは判らないけど、変な話だとは自分でも思う……。でも、今私が考えてるのはそこじゃ、ないの」
「『そこじゃない』?、論点がずれてるって事?」
言われた言葉の意味を少し考えてから、私は頷いた。
「うん。上手く言えないんだけど、それが今なのかどうか、そこに自信が持てないというか……」
「今じゃないって、何が?」
「彼にそうやって会うのが今でいいのかどうか……なんだけど」
呆然としたような、驚いたような……冷静な印象しかない彼女が見せた珍しい表情に私はもう少し言い回しを考えたほうが良かったなと思った。
「タイミングって事?それならあんまり変わらない気がするんだけど」
「あ、ああー……そうじゃなくて……、何て言ったらいいか……その、私が彼の事を気にしてるのには理由があって……」
「待って、話が長くなりそうだからちょっと場所を移しましょう」
「え、あ、うん」
話の腰を折られた様ではあったが、真剣さも同時に伝わって来てので悪い気はしなかった。
きちんと話せるようにしないとと思って、私はどう話していくかを考え始める。
「行き先、どこにする?」
「え!?、うん、お任せで」
「お任せ?……特に希望は無いって事?」
「う、うん」
「そう、じゃあ……決めたわ、行きましょう」
「わかった」
夕焼けに赤黒く飲み込まれかけた世界の中を、陣後さんが先に立って歩き出す。
私は彼女の後をついて、その中へ足を踏み出した。
赤黒い景色の中で黒衣が翻るのが見えたのは、その直後だった。
「……え?」
『突然現れた』様に見えた。
だってそこは、今まで視界の隅には入っていた場所だったから。
何も居なかったはずの所に、その人影は立っていた。
夏場なのに黒い、手首まで袖がある黒い布を重ねた衣服を着て、頭にはフードまで被っている。
フードの奥から、強い意志を感じさせる視線がこちらを覗いていた。
「何?……あの人」
前に立つ陣後さんもまた、立ち止まってその人を見つめている。
「……私が見えるという事は、あの時の子に間違いないらしいな……手前の君は初対面で間違いない、かな?」
外見に見合った低い――けれども優しい声がそう紡がれる。
その声に、覚えがあった。
「わ、私が解るんですか?」
「ああ、良く覚えている。森の中での約束は何とか果たせそうだね」
言葉から、フード奥の表情は微笑んでいるような印象を受ける。
その印象が正しいかどうかは解らない。
だけど、多分正しいと思う。
記憶の中のこの人は、フードを外して同じ口調で話しながら、微笑んでいたからだ。
目の前で、小気味良く打撃の炸裂音が連続する。
「うあ!」
さっきの音の成果―連撃から打ち上げ技までが綺麗に繋がった事が目の前のテレビ画面に映し出された時点で、響時が短く呟いた。
ゲーム画面の中で僕が操るキャラクターが、最後に特大の火柱を放つ技を繰り出して、宙に打ち上げられた響時の操るキャラクターへの止めの一撃に変える。
画面へ表示される文字が僕の勝利を示した。
「なんでそういう所できっちり技を繋げるんだよ、お前は…」
「なんでって言われても……」
確かに珍しい事だった。
適切なタイミングで正しい操作できなければこういう結果は無くて、僕はタイミングはともかくとして、操作は良く間違うのだ。
ここ一番で成功したのはかなりの幸運と言ってもいい気がする。
「むー」
「もう一回やる?」
どこか納得行かないという様子で唸る眼鏡の同級生に、再度力を誇示する為ではなく、それが偶然だったと証明する意味でそうもち掛けてみた。
でもそれは、それに関わっていた僕達以外の手で止められる、響時の携帯が着信を告げたのだ。
「ん……ちょっと待った、電話来たみたい」
「あ、外出てようか?」
「いや、いいよ。オニさんからだし」
そう言って響時は自分の携帯電話を通話状態にするとそれを耳に当てて話し出した。
外に出ようかと僕が言ったのは、ここが僕の家で、響時が落ち着いて話すなら彼が一人になれる空間を作る為に僕がこの部屋を出るのが一番簡単だろうと思ったからなのだけど。
相手がオニさんなら確かに不要かもしれない、でもあまりに気を使わないのもどうかとは思う。
「もしもしー、どうかされました?」
思いを巡らす僕の前で、そんな僕の思いなど知った様子も無く響時が話し出す。
通話口の向こうから細く短く、だがはっきりとした印象で聞こえる声は確かに僕の良く知るオニさんの印象そのままだった。
遠回しではなく、目的に向かって一直線で進む彼女は電話においても不要な会話を挟む事は少ない。
電話越しにはそんなに話した覚えも無いからそう思うのかもしれないけど、多分間違って無いと思う。
そう思う間にも響時の表情は目に見えて変化する。
『事情が変わったってどういう意味?』とか言っているのが聞こえたが、響時自身も話の意味を理解できてないらしい。
「ん、んー、『キャスト』ってファミレスの『キャスト』だよね、それはわかる。けど……そっち行かなきゃ駄目なのか?
……どういう意味すか……ってそれはそっちで説明するとかそういう事だっけ?、時雨も一緒に来いとかそういう意味?」
机に置いていた僕の携帯が振動している事に気付いたのは響時が僕の名前を口にしたのと殆ど同時だった。
響時も僕の携帯には気が付いたらしく、
「あ、こっちは良いから出てくれ。どうもそうしないと話が進まないらしい」
通話中の自分の携帯の通話口を押さえつつ響時はそう言う。
響時の言葉の意味は前半しか解らなかったが、それでも僕が動くには十分だった。
一つ頷いて僕は携帯を手に取る、着信の表示は登録されているものではないらしく、見覚えの無い番号のみだった。
「はい、奏条です」
「奏条時雨さん、ですか?、先程連絡を頂いた宝林財団の『ウタスド』と申します」
耳から言葉を飲み込んで頭で咀嚼するのに数秒かかったと思う。
返答しないと、と思って動かした唇からは比較的無難な挨拶しか出なかった。
「あ、……はじめまして」
短い電子音が、一つの会話の終わりを告げる。
会話といっても、私にはその『片側』の言う事しか聞こえなかったのだけど、別の意味で『両方』から聞こえた会話のおかげで大体の内容は掴めている。
要は、テーブルの周りに私を含めて3人が座っていて、私以外の二人がそれぞれ別の相手と電話で話していたという事で、更に通話先の二人が極めて近い距離にいたらしい。
私だけが仲間外れになっている気がしなくも無いが、元はと言えば私が言い出したことが原因でこうなっているらしいから、
実は黒幕とか仕掛け人とか呼んだ方が適切なのかもしれない。
下らない事を考えつつ、私の目の前で会話を終わらせた人の挙動に注目していると、その人―詩須人さんはその手に持った携帯電話を、明らかに既製品ではない服の中へしまって口を開いた。
「では、行こうか」
「はい」
短く告げられた言葉に続いた私の返事は、自分でも驚くほど明快な響きがあった。
不思議と、先刻まであった迷いを今は感じない。
詩須人さんに出会ってしまったからだと思う、ただ人に出会っただけなのに不安が消えるというのは変な話なのだけれど、詩須人さんの格好にはそう思ってしまうだけの説得力がある。
全身黒尽くめ、フード付き(流石に今は脱いでいる、私達とあまり年が変わらないんじゃないかと思う外見にはびっくりした)で裾の長い上着という、
ゲームか何かに出てきそうな魔法使いを思わせる姿は、最近身の回りに起きた説明の付かない出来事への解説すら可能なのではないかと思える。
勿論それは私がそう思っているだけで、ご本人は何も言っていないのだけど。
その魔法使いの様な人が、恐らく会計用に置きっぱなしだったレシートを手にとってそこで一瞬静止した。
「……陣後さん、私達が今からどうするかはさっき話した通りだが、君も気をつけて帰った方がいい」
「あ、はい。心配ありがとうございます」
私の隣でさっきまで電話をしていた同級生が少し驚いたような表情で硬い言葉を口にした。
その様子に黒衣の人は真剣そのものの表情で言葉を返す。
「ん……。そういう形通りの意味だけではなくて、本当に注意して欲しいんだ、命に関わる」
平静そのものの響きがある言葉が含む意味は、額面通りに受け取ればとても重い意味があるし、詩須人さんはそう受け取って欲しいと言っているらしい。
ただ、それをいう詩須人さんの表情も声もあまりに今までと変わらなかったから、そういう風に解釈しづらい。
一瞬の沈黙が訪れた。
「あの、『命に関わる』と言われても具体的にどうした方が良い、とか無いんでしょうか?」
やや呆れた様な顔で陣後さんがそう訊ねるけど、私も同感だった。
現実感はまるで無いが、恐らく詩須人さんは冗談でそれを言ってなくて、そうなのなら尚の事見過ごさない方が良いと思えたし。
「そうだな……。基本だが、人通りの少ない場所には近寄らない事だ、あと一人で行動するのも避けた方が良い」
「本当に基本ですね……」
「もう少し効果のある対処を教えたい所なんだが、今日は時間が無い。ただ、霊曜さんも君も襲われかねない立場になっている、それは確かだ、だから気をつけて欲しい」
「確かって言われても……不特定多数の中から襲われる可能性はそんなに高くないんじゃないですか?確かに最近変な傷害事件が多いって聞きますけど」
「いや、変な傷害事件なら恐らくもう起きない。今後起きる可能性が高いのは特定の条件を満たした人間への闇討ちだろうね」
「……何故断言できるんですか?」
「私がその事件の関係者だからさ。警察官とかではないが、犯人を追う側をやっている」
にわかには信じ難い事を平然と言い放った黒衣姿の人は、相変わらず真顔のままだ。
私は笑うという事を知らないのではないかと思ったが、同時に流石にそんな事はないだろうとも思う。
とはいえ、それを差し引いても発言の突拍子も無さは変わらないのだけど。
「その、ですね。断言する理由はともかくとして、私達が狙われる理由は、何なんですか?」
「君達も信じられないだろうが、君達が内包する『力』が理由だ、恐らく犯人はその力を欲しがっている。そしてそれを手に入れるのに一番手っ取り早い手段が君達を襲って奪う事になる」
陣後さんの質問に対する回答は、それが明朗に行われた事もあって再びの沈黙を呼んだ。
私は話を聞くばかりの立場だったが、この場に口を差し挟むだけの余裕は無く、話の内容を理解するので精一杯だ。
「奪えるような物……なんですか?、そもそもそういう力がある自覚とかって、遥さんはともかく私にはまだ無いんですけど」
「能力、という意味では自覚が無いのは当然だろうね。例えば……そうだな、『泳げる』というのは泳ぐという事に挑戦しなければそれが可能が不能かの是非は自覚できないだろう?それと同じ様に考えて欲しい」
「じゃあ、例えの話に乗るなら『詩須人さんは私が泳ぐ所は見たことないし私も泳いだ事は無いけど、詩須人さんには私が泳げるってわかる』っていう事ですか?」
「その通り。それに君達は意図せずしてその『力』……使うと言う意味で『能力』と言った方が良いかな。それをもう使っている、自覚は無いと思うけれど」
「どういう事ですか?」
陣後さんが口にした言葉は、私の疑問でもあった。
自覚が無いのに『何かをしている』といわれるのは……ちょっと怖い。
「君達は、あの公園で私を『見た』だろう?そこだよ」
「え?、見る事の何が特別なんですか?」
「見る事自体は大した事ではないかもしれないが、あの時、私に気付いていたのは君達だけだった……思い出してみてくれないか?、あの時周囲にいた人の数は少なかったとは思うが、それでも私の姿を見咎めるくらいの人数はいたはずだ」
「……私達以外には見えてなかった……?」
「正確には少し違うが、そんな物だ。『印象迷彩』という言葉を知らないか?」
「多少は…。見たり聞いたりした事が正しく認識されないとかそういう事ですよね?もしかして今も、なんですか?」
目の前で、黒衣の人の首が縦に振られる。
「ああ、私の格好はかなり目立つはずだが、注目されていないだろう?、そういう事だよ。君達にはありのままが見えているから驚く事ができただろうが、周囲の大部分にはそうは思われていないのさ」
「その格好、ただの趣味とかじゃなかったんですね……」
私が思わず呟いた言葉に、黒衣の人が始めて困った様な表情を見せた。
「趣味もあるが、仕事の範疇に入っている。君達の様にそういう力を持つ人間は稀に居てね、そういう人を探すのも私の仕事だよ。私の姿に驚いた人はそういう素養があるという事だから少し探し易くなる」
「探して……どうするんですか?」
「力というのはどんな物であれ、その使い方によって色々な事が起きるものだ。君達も持つその力は、使い様によっては世界に大きく悪影響を及ぼしかねない、だから力の持ち主にはそうならないように働きかける」
「じゃあ、場合によってはその、拘束する様な事も有り得るんですか?」
「最悪に近い場合でそうする事もあるが、それは稀だ。君達にも今後便宜を図る事はあれ、行動に大きく制限がかかる様な事は無いと思う」
陣後さんがもう一度口を挟んできたのはその直後だった。
「逆に言えば悪意を持って力を使うなら詩須人さん達に追い回される事になるんですよね?」
「そうだ。私はその力に関わりがあり、悪用する者がいればそれを止めねばならない……。だから君達も気をつけて欲しい、私も未来ある若者の先を閉ざす様な事態は避けたい」
「また物騒ですね……。とにかく解りました、本当にそういう力が私達にあるのかどうかはともかく、身の回りには気をつけます」
陣後さんの言葉は半信半疑である事を明言しつつも、その口調には棘を含まない物だった。
大人っぽい、と思う。
「流石に急に信じるのは無理な話か。まぁ、気をつけてくれれば良い。重ねて言うが君達には未来がある、それは大事にされるべきものだ。……話が長くなったが、今度こそ行こうか、霊曜さん」
私は今度は無言で頷いて席を立つ、陣後さんにまたね、と言うと、彼女は私を見つつ片手を軽く振った。
「さっき電話していた相手がここに来るのならそのままここで待っていなさい、私の待ち人はまだこの辺りには居ないようだし、安心していい」
「そうさせてもらいます、それじゃあまた……で良いんですか?」
「ああ、こちら連絡はするつもりだが、緊急の用があったらここに連絡してくれ」
「名刺ですか……頂戴します」
小さな紙片の受け渡しで、会話は終わった。
私は歩き出した詩須人さんの後に着いて店の出口へと向かう、夜は幕を開けた。
翠の記憶
log to the green memories - third
Marriages are made in heaven
―樹佐間 睦―
「あ、僕はこっちに行くから」
「お、そか」
家から少し離れた歩道の上で、そんな事を響時と話す。
既に夜に備えて点けられた街灯が、僕達の影をゆらりと作り出していた。
オニさんの居るファミレスへ向かう響時とはここで別れる事にした、僕は向かう所がある。
「しかしお前、『君がそこだと思う場所で待ってる』とかって漠然とした指示で良く待ち合わせ場所がわかったな」
「ううん、はっきりとはわからないよ。たぶんあそこかなってぐらい」
僕の言葉で響時は腕を組んで考え込む素振りを見せた、実際に考えているのかどうかはともかく、響時がやると結構絵になる。
「まぁ……お前が納得してやる事だからな、俺がどうこう言う事じゃないか……」
「会えなかったら会えなかったで『不合格』と思ってくれれば良いって言われたし、行くだけ行ってみるって感じで。会えなかったらさっさと家に帰るよ」
「気をつけてな」
僕に向かって手を振り、響時が先に歩き出した、見送って僕も歩き出す。
ウタスドさんから電話で告げられたのは、向こうも僕に会いたいという事で今から君と私が以前出合った場所で待ってるとも言われた。
その場所については、僕は覚えていないし、それはウタスドさんにも伝えている。
その上で、ウタスドさんは言ったのだ、僕がそこだと思う場所に来て欲しい、それで会えなければ意味が無いのだと。
変な話だとは思う。
僕はウタスドさんの事を直接知っている訳ではなくて、それでもお世話になった人ではあるらしい。
悪い人ではないはずだ、しかしこの会い方は不自然と言って良いから、それを理由に疑う事もできるだろう。
不思議とそういう気にならないのは、たぶん現実感があるからだろう。
変な話なのに直面してみるとそういう物だとしか思えない様な感覚だ、良くできたパントマイムを見るような感じに近い。
壁は無いんだけどあるように見えるというか、そこに見える壁はやっている人が想像している物だけどそれは見ている方にもわかるというか……。
考えながら歩いているうちに街灯が途切れはじめた。
僕が向かうつもりの場所には周囲に街灯が無いから、懐中電灯を持ってきたのだ、それを点けるつもりで取り出して、気付く。
「光ってる……?」
向かおうと思っていた先が、郊外の森の中心部付近が、ほのかに輝いていた。
それは緑色に、恐らく街灯や炎を光源とした場合には生まれない色で彩られている。
「これでハズレって事は……無いよな、多分」
呟きながら歩き出す。
目的地ははっきりしている、僕はそこへ至る道をもう知っている。
つい最近通った道だけど、もしかしたらもっと前から知っていたかもしれない道を僕は進む。
辿り着く先にあるのは古びた社だ、閃光とノイズに満たされた記憶に新しい場所でもある。
きっと、ウタスドさんはそこにいる。
記憶に無い人との出会いがあったとするなら、それは僕の記憶に無いけど知っている場所以外には無い。
だから僕はそこを目指す。
歩みは自然と速くなっている。
歩いている道は、良く知っている道だ。
だけど今その道が、私の知らない姿で目の前にある。
道を浮かび上がらせるように、道に沿って揺らめく何かが緑色に淡く輝いて世界を彩っている。
気を抜くとその景色に引き込まれそうだ。
「さっきから無言だが、周囲の事について説明しなくても構わないのかい?」
先を歩いていた詩須人さんの声に私は足を止めてその顔を見遣る。
詩須人さんも足を止めてこちらを振り返っていた。
「あ、いえ。詩須人さんのやってる事だとは思ったんですけど、あんまり深く聞かない方が良いのかなって」
「私は何もしてないよ」
「違うんですか!?」
「違う。自覚は無いだろうが君自身が原因だよ、これは」
驚いた。
この人以外には原因が考えられなかったし、私が原因だと言われても思い当たる事もない。
「光っているのは君の中にあって、『私が見えた』事の原因にもなった物が原因だ、その物質の事を私は『基素(きそ)』と呼んでいる」
「キソ……」
「そう、基素だ。この辺りの植物は見た目は普通だがそれを含んでいてね、それが君に反応している」
「えーと……つまり私がここに来たから周りが光ってるって事……ですか?」
「正確には『君達』が来たからだろうね」
「『達』って……奏条君と私の事、ですか?」
「そうだ。……話しながらで良いから歩こうか、待ち合わせに遅れかねない。呼んでおいて後から行くのも失礼な話だろう?」
背を向けた黒衣の長身が、闇に溶け込もうとする様に動き出す。
その挙動に真意は見えないが、害意は感じない。
以前にここであった時の事は忘れかけていたけど、出合った瞬間に似た様な感覚があった事だけはなんとなく思い出した。
頭から信じてはいけないのだろうけど、信じざるを得ない人だ。
多くを語らず、余分な事は話さず、聞かれた事に対してしか返答を持たない。
さっきの雑談にしても、その説明の一環だった様に思えるし、その上で考えてみたが、
この人は、嘘はついていない気がする。
一つくらいはそういう要素があっても良いんじゃないかと思うのだけど、それが感じられない。
だから、今の私は信じても良いと判断した。
幼い私は、そういう事までは考えなかったはずだ、でもこの人から逃げようとは思わなかったらしい。
そういう当時の気持ちまでは覚えていないのは、時間の流れのせいだろう……だから、もしも彼があの子であってもあの時の気持ちまでは覚えていないのかもしれない。
そう考えて、少し寂しくなった。
思うと同時に、一人内心で寂しがっても仕方無いとも考える。
だからだろうか、気を紛らわそうかと辺りに目を泳がせた私は、近くにぼんやり輝く緑の光に紛れて一際大きな光がある事に気付く。
その光は、人の様にも見えた。
もっと注意して見ると、私達が進む方に向かって歩いている様にも思える。
「あれは……何?」
思わず呟いた言葉に、先を行く黒衣姿が立ち止まるのが視界の端に映っていた。
懐中電灯無しでもどうにか歩ける程度の明かりの中を僕は進んでいた。
頭上は真っ暗だ、確か鬱蒼とした森の中を抜けているはずだから、何も見えなくても仕方無いとは思う。
懐中電灯を点けて確認する気にはならなかった、周りにある光源が緑色に淡く輝く草木らしいのに気付いた時から、まともに確認しようかという気は失せている。
蛍が光るとかそういうレベルではない、まだ知られていない自然現象が起きているとしても、原理らしい原理が思いつかないし、心霊現象とかって解釈をするにははっきりしすぎていた。
説明を誰かに求める事が馬鹿馬鹿しく思えるくらいにはっきりとした異常は、はっきり言うと神秘的の一言に尽きる。
この近くで何かが起きているのは間違いない、それはきっと僕の思い描く所に行けば、そこで待っている筈の人から説明される事なのだろう。
それは予感に過ぎない事だけど、不思議と間違っている気がしない。
何度目かの分かれ道に差し掛かって、僕は迷う事無く光っている方の道を選んで進む。
そう、歩いてみて気付いた事だったけど、僕が正しいと思った道の方はその周囲が緑に淡く輝いている。
理屈はわからないけど、自分で足元を照らしたりする必要が殆ど無いのは先を急ぐ身にはありがたかった。
暗い闇の中を淡い光を頼りにして、
踏み固められた土と飛び石の様に道の中央に置かれた石の板を踏みながら僕は先を目指す。
『それ』に気付いたのは、その次の分岐を前にした時だった。
淡い光と同種だがより明るい光が、僕が進もうと思っていたのとは逆の道に見えていて、進む方向とは逆なのだけど僕はそれが気になった。
それが気になったのは、『光っているから』だけではない、その光には、手があり足があり……つまり『人』の形に見えた。
しかもそれがゆっくりとではあるがこっちに向かってくる、ホラー映画が何かの様だと思いながら、何故か僕はそれが怖くはないのだ。
そういう物が平気な方でもなかったはずなのだが……理由は全くわからない。
「……子供、なのか?」
多分30メートルかそこらまで近づいてきた時点で、その背丈が小学生かそれより下ぐらいしか無い事に気付いた。
袖丈の短い夏物の上下を着ているみたいだが、子供が出歩くには時間が遅すぎる、それ以前に光っているから尋常な雰囲気ではないのだろうけど……感覚が麻痺しかけているのかもしれない。
立ち止まったままその子が近づいてくるのを待つ格好になったが、その子の表情がわかる距離まで近寄って、ようやく解った事がもう一つあった。
その子は、僕を『見ていない』。
試しに軽く手を振ってみるが、まるで反応する様子がない。
ただ、その目は焦点が合わないようには見えなかったから、何かを見ているのは間違い無い。
低い視線の先を追って振り返る先に、別の小さな人影が見えて、それが何かという事に気付いた瞬間僕は言葉を失った。
そこにあったのは、手招きする子供の姿だ。
少し長めの髪をリボンで結んだその姿に、覚えがある。
確かに僕はその子に会った事がある。
というか、その子がそうするのを見た覚えがあり、それを追っていた覚えがある。
そして、その感覚と一緒にある大きな違和感というか、”覚えがあるけど、それは今まで思い出せなかった事だとはっきりわかる”という、矛盾に近い感覚があった。
それは、映画とかで映像の途中を飛ばす事で何も無い空間に突然人が出てくる様な、そういう感覚だ。
今見えている緑色の光景とは違う、原色の記憶、それが確かに僕の中にある。
それは、いつ見たものだったか……。
”それがいつの事だったのかという記憶が無い事”に気付いたのと同時に、目の前から淡い緑に輝く子供の姿が消えた。
後ろを振り返るとさっき見た別の子の姿も無い。
「……そんな……」
夢かと思える様な出来事と共に、緑色に淡く輝く景色はまだ続いている。
消えた子供の事と言い、本当に夢の中じゃないかと思うのだが、どうもそうではないらしい。
地に着いた足の感覚も、自分が握る掌の汗も、自分の意思どおりに動く視界も夢の中の物とは違う。
試しに頬をつねってみたが、痛さは自分の力加減通りだ。
さっき見た事と、自分が思い出した光景の事を考えてみると、過去に見たと思うのが気のせいだとは思えないし、さっき見た事も錯覚で済ませるには自分の今の感覚が生々しすぎる。
既視感などとはとても思えないつい昨日の出来事の様にそれを思い出せる過去と、さっき見た淡い緑色の映像は見た目こそ違えど同じ物だと思う。
ずっと昔、それはあった事なのだと思う。
でもそれが明確にいつあった事なのか、その記憶は僕の中には”まだ”無い。
消えた子供達が向かっていた方向は、奇しくも僕が目指していた方向と同じだ。
淡い緑の景色の中を、僕はまた走り出す。
”あれが何か”という私の質問に、黒衣の人は”順を追って説明したいから少し考えさせて欲しい”とだけ答えた。
それから数分、私達は歩き続けてついに目指していた所まで辿り着いていた。
この前は奏条君と一緒に来た場所、あの御社の周辺はその光景が変わっていないのに一変した印象がある。
原因は色だと思う。
淡い緑色にその輪郭を浮き上がらせる周囲の木々とそれに囲まれる形で暗く閉ざされた大地があり、
その中心に淡く発光した御社があってそこだけが白く輝いている。
その上で私の前には常識外れの黒尽くめ姿が一つ、現実感が無い風景の中で自分自身の感覚もなんとなく怪しく思えてくるけど誰かに揺り動かされて目を覚ます気配は無い。
私はまだ現実の中にいるらしい。
「さっきの質問に答えよう」
「え?……ええと、お願いします」
不意に響いた声に軽く驚きつつ私は背を向けたままの黒衣に注目した。
「まず、基素についてさっき話していなかった事がある」
「はい」
「基素は、元々この世界には無い物だ」
「え、でも。あるんですよ……ね?」
詩須人さんからの今までの説明を”周囲で起きている現象の原因は基素なのだ”と私は解釈している。
それが無いといわれると、今までの説明が意味を為さない。
「”この世界では生まれない”と言った方がより正しいと思う。基素は、この世界に繋がる別の世界で生まれている物で、それが湧き出してきている、と考えて欲しい」
「……洪水とかの時に水が逆流してくる様な感じ、ですか」
『湧き出してくる』という言葉からイメージした例えは、振り返った詩須人さんの首を縦に振らせる事に成功した。
「基素はこの世界に湧き出すと拡散し、消えていくというか薄い密度で分布する。その為にこの世界には殆ど影響を及ぼさない。しかし例外がある」
「例外……私達のような例ですか?」
「そうだ。命ある物に基素が吸収された場合、その生物と共生して様々な現象を引き起こす。今君が見ている光景とかね」
「共生……っていうと。つまり私の中にもその基素が生きてて、それがこういう事を起こしてる、と。今まで生きてきて少しずつ吸ったって事、なんですか?」
「前半はその通りだ、しかし後半は違う。生物に吸収された基素はその生物の中で少しずつ増大するんだ、同時にある程度はその生物から排出されていく。
足し算と引き算の問題で、普通は減っていく量の方が多い。しかしある程度の量を吸収すると自然排出されるよりも共生した先で再生される量の方が大きくなり……半永久的に基素を体内に持つ事になる」
「……吸い込んだ量の問題って事ですか……じゃあ、私は沢山の基素を吸収した事があるんですね」
「そう、君達はこういう事を起こせるだけの高濃度の基素を吸収した。かつて、ここでね」
”ここで”と言われた事と、昔あった事とが、その時繋がった。
あの子と私はここに来て、知らずにそれを吸った、という事で…その後あの子は……。
そこまで考えて一つの予測が立つ、そしてその是非を確認できる相手は目の前にいる。
「基素を一度に大量に吸うと、体に良くない、とか?」
「少し違うが、生命力が弱い物が大量の基素を吸い込むと命に関わる場合がある。あと、基素を吸収して許容できる量には個人差がある。肉体の成長につれてその量も増加するから、今の君くらいなら命の危険は無いよ」
「生命力が弱いっていうのは……子供とか小さな動物とか…ですか?」
「そうだ。君は昔ここで起きたことを覚えていると思うが、あれもそれが原因だ。それと、もう説明の必要もないかもしれないが、この場所は基素の湧き出し口の一つだ。世界でも数箇所にこういう場所がある」
言葉はそこで一度途切れる、周囲に静寂が生まれた。
あれから偶にここへは来ていたけど、動物というか生物の姿を見かけることが少なかったのは命に関わるから、という解釈でよさそうだ。
何か変だと思っていた事の理由が思いがけず判明してしまったが、今の状況を考えるとそんなのは色々ある秘密のほんの一部に思える。
「そうわけで、ここは湧き出し口に近いから比較的基素の分布量が多い。それは理解してもらえるかな?」
「はい」
「何度か言ったが、生物が体内に基素を持った際に幾らか特殊な力を持つ場合がある。力の現れ方は幾らかに分類できるんだが、その中に”過去を見る力”という物がある。」
「さっきのあれが?」
「そうだと思う、私も君に言われてから見たが、それらしい物が見えたからね」
その言葉の中に引っ掛かる物を感じる、もしかしたらそれは意図的な物かもしれないけれど、この際そこはどうでもいいだろう。
気になる事は確認するに限る。
「……詩須人さんには見えてなかったんですか?」
「二つの意味でそうだ。まず過去見(かこみ)の力で過去を見ても、その映像はあくまで力を使っている当人にしか見えない。
過去見ができる者が二人居た時にタイミングを合わせて使えば似たような映像は見ることができるだろうが、同じ物を見ている訳ではない。
もう一つは過去見の力は特定の条件下で、しかも使おうと思わなければ使えない…普通はね。私は最初その力を使っていなくて、君に言われてから使える状況下にある事に気付いたくらいだよ」
「普通はって……どうしてでしょう、特に意識とかってしてなかったと思うんですけど」
「意識しなくてもできてしまう事はある。基素が薄い場所でなら過去の映像がはっきりと見える事も無かったのだろうが、場所がここだ。
はっきりと意識する事で力は使いやすくなるから、そういう偶然が重なった結果、よりはっきりとした形で呼び起こしてしまったんだろう」
「偶然…。じゃあ、運が良かったんですね、きっと」
「そういう意味ではないが確かに運は良いかもしれないな。できないことはできないし、一度できればもう一度できる。過去見の力はそういう物だ、
遅かれ早かれ君はその力がある事に気付いていたと思うが、その場に私が居合わせてその説明ができたのは幸運という他無いね」
「確かにそうですね」
この状況でなければ、混乱していたかもしれない、普通は驚くだろう。
今の状況にしてみても驚きはしないけど変だとは思う。その変な状況を普通に受け入れつつある自分の感覚を多少疑いたくもなったが、結局は慣れの問題なのかもしれない。
「だから、君が見た映像は過去にここで起こり、この場所に記憶された出来事だ、それは間違い無い」
「過去に起きた事ですか」
「ああ……。説明は暫く止めよう、私達の待ち人が来たようだ」
「え?」
私達が歩いてきた方を振り返ると、ほのかに輝く緑の中で動く影が見える。
さっき見た過去の映像(らしい)とは違う、輝きが無いがそこに実体を持っているらしい影だ。
影が持つ輪郭は人型で、大人と呼んで良い背丈を持っていた。
その輪郭の、顔の部分が淡い光に照らされて少しずつ見えてくる。
良く見知った顔だった、その顔に軽い驚きが見える。
「霊曜さん……!?」
立ち尽くしてそう言った彼の言葉が中空に消えてゆく。
周囲には、物音一つ無かった。