編成の変遷 ・ 西上時に定められた軍令條
参照『藤田小四郎』西村文則
筑波山を下山し、日光へ向かう途上真壁郡小栗村にての編成 元治元年4月3日時点
大  将 田丸稲之衛門
輔  翼 齋藤佐次衛門
総  裁 藤田小四郎
監  察 田中愿蔵 川俣茂七郎 館林茂十郎 内藤昇一郎
大久保恭介 中山小三郎 常井廣松 室町竹次郎
黒澤新次郎 島田文衛門 溝口大三郎 吉田藤蔵
遊軍総轄 山田一郎 竹内百太郎 岩谷敬一郎  
総隊長 片岡為之允 沼田準次郎   
隊  長 飯田軍蔵 須藤敬之進 木村六郎 樫村平太郎
北條時之介 前田俊之亟 大和田下記 畑弥平
木村久之進 田島裁弥 田村露一郎  
使  番 梅村晋一郎 千葉小太郎 瀧平主殿 豊田彦之允
戸田次郎 島田寅吉 渡邊剛蔵 池尻嶽五郎
檜山三之介 小田熊太郎   
調練奉行 小林幸八 朝倉友眞   
書記頭取 服部本英 水田謙次   
小荷駄奉行 長谷川勝七 大石重太郎 室町稲太郎 加瀬平次

太平山対陣中、山国兵部の助言を受けて改革された編成 元治元年5月23日時点
総  裁 田丸稲之衛門 
中  軍 藤田小四郎 
軍  正 竹内百太郎 
参  謀 飯田軍蔵 
補  翼 岩谷敬一郎 
隊  長 須藤敬之進 三橋半六 根本新平 高畠孝蔵
田中愿蔵 伊藤益荒  
軍  監 栗田源左衛門 川俣茂七郎  
輜重奉行 寺澤亘 長谷川庄七  
使  番 瀧平主殿   
斥  候 梅村晋一郎 権藤眞卿  
武器奉行 大久保七郎左衛門  
書  記 服部本英 内藤昇一郎  
武  将 畑弥平 山田一郎 小林幸八 樫村平太郎
昌木晴雄 戸田次郎 宇都宮左衛門 千葉小太郎
水野主馬 千葉源三郎 横田藤四郎 三浦軍太郎

西上前、大子対陣中に決定された編成 元治元年11月1日時点
総大将 武田伊賀守 
大軍師 山国兵部 
本 陣 田丸稲之衛門 
輔 翼 藤田小四郎 竹内百太郎
天勇隊長 須藤敬之進
虎勇隊長 山形半六 
龍勇隊長 畑筑山
正武隊長 井田因幡
義勇隊長 朝倉弾正
奇兵隊長 武田魁介

西上にあたって定められた軍令條
  一、無罪の人民を妄りに手負はせ殺害致候事。
  一、民家に立入財産を掠め候事。
  一、婦女子を猥りに近づけ候事。
  一、田畑作物を荒し候事。
  一、将長の令を待たず自己不法の挙動致候事。
  右制禁の條々相犯すに於ては、断頭に行ふ者也。

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