天誅組関連史跡

桜井寺
場 所

奈良県五條市須恵1丁目3-26

交通案内

JR和歌山線「五條駅」下車徒歩約10分
桜井寺門 本堂
天誅組本陣跡碑 文久三年(1863)8月17日に挙兵し大和五條の代官所を焼き払った天誅組は、20日に天辻へ本陣を移すまでの間、ここ桜井寺に五條新政府の看板を掲げ本陣とした。 孝明天皇の大和行幸を迎えるつもりだったが、18日に京都で八一八の政変が起き事態は急転、天皇の行幸も中止となった。 そして攘夷の義軍は賊軍とされ幕府から追討令が発せられた。
寺内には代官所を襲った折に殺害した代官鈴木源内の首を洗ったとされる石手水鉢が残っている。(右写真)
天誅組首洗いの石手水鉢
天誅組義挙殉國諸霊供養碑 天皇の行幸が中止となり大義名分を失った天誅組は20日に五條を去り南下、大塔村の天辻峠に陣をしいた。 そこを拠点に高取城攻略を目論むが達せず、次第に勢力を弱め分裂していくこととなった。 寺内側からのぞむ門
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