元治二年(1865)2月1日、幕府追討軍総督田沼玄蕃頭意尊が早朝敦賀入りし、永覚寺で天狗党への審理を開始した。
加賀藩兵は田沼の天狗党への処置をみるに忍びず、次々に敦賀を引き払い金沢へ戻って行った。
4日、武田耕雲斎、藤田小四郎ら幹部24名が斬首された。
同日、加賀藩の永原甚七郎、不破亮三郎は天狗党に対する寛大な処置を嘆願するため京へ向け出立した。
彼等の嘆願は聞き届けられなかった。
4日に続き15日に134名、16日に102名、19日に76名、23日に16名、計352名が斬首された。
他の者も遠島や水戸送りなど厳しい処分となった。
田沼尊意らは処刑を終えると、月末には敦賀を発ち江戸へ戻った。
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