河津城祉

―― 北条早雲の火攻めで滅んだ山城 ――

河津町市街からの河津城山頂遠望
河津町市街からの
河津城山頂遠望

 
本郭跡に再建された展望台
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本郭跡に再建された展望台
 
 
 城山は、河津駅の東北にあり、山頂に大日如来を祭ってあるので大日山とも呼ばれる高さ181mの山であり、かって山頂には、古の城・河津城があったと伝えられています。

 河津城は、戦国時代の初め、足利氏の血をひく蔭山勘解由により築かれた城だと言われています。
 言い伝えによれば、延徳3年(1491)の戦で、北条早雲の伊豆攻撃軍に山の麓から火攻めを受けたそうです。
 燃え盛る火の手を防ごうにも山の城では水はなく、思いあぐねて大量の兵糧米を山頂から火の海めがけ流しだし、火を消そうとしましたが、山肌をなめるように迫り来る炎を消し止められず、あえなく落城したそうです。

 この頃の城は、石垣や天守閣などは造られず、郭と呼ばれる山の尾根の土を削って平らにした城の形が大半でした。
竹林の中の登山道
竹林の中の登山道
本郭跡の広場と河津市街
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本郭跡の広場と河津市街

 河津城の施設は、本郭と呼ばれる城の中心部がある山頂から尾根にかけて存在しており、実践本意で詰の城を意識した典型的な山城といえます。

 建物は、礎石の上に柱を立てた平家建ての簡素な小屋程度のものでした。
 本郭からは、貯蔵庫の跡らしきものが見つかっています。
 これは地面を掘り下げた形(強風で倒れない工夫と思われます。)で建物を建てています。
 貯蔵庫からは、米・板材・竹などが発見されています。
 今でも山頂を掘ると焼き米が出てくる。
 この焼き米を牛馬に食べさせると病気をしないと言い伝えられている。

( 河津城の縄張り図(概念図)へ (50kB) )
河津城址からの河津市街と相模湾
河津城址からの
河津市街と相模湾
本郭の記念碑
本郭の記念碑

 河津駅の駅前の広場先100mほど先左側線路のガードをくぐるり、城跡入口までは10分程度。
 ハイキングコースでもあり、山麓に城址案内板があり、そこから竹林の中を山登りになりますが、道は整備されている上、急な山道ではないので比較的楽に、20分から30分程度で登れます。

 山頂の主郭はそれほど広くありませんが、二の丸の5m程度の上に展望台があり本丸跡で、ここに昔は櫓があったのでしょう。
 山頂部からの太平洋を見晴らす眺望は素晴らしいです。

  河津城祉公園                                  平成18年5月4日時点  
◇交通 ・伊豆急行河津駅から、城山ハイキングマップに従って、城山分岐経由で、徒歩約40分
◇問い合わせ河津町観光協会    TEL:0558-32-0290・0329
・河津町役場商工観光課

参考文献 ・現地の解説板

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