二俣城(別名・蜷原城)
―― 徳川家康と武田氏が攻防を展開した城 ――
山あいを流れてきた天竜川が、遠州平野に出ようとして大きく蛇行するところに二俣の町がある。二俣城はいま、この町の西はずれ、天竜川にのぞむ丘陵に野面積みの石垣をのこして戦国の昔をしのばせている。二俣城の築城年代は明らかではないが、『遠江国風土記』によると、駿河の守護斯波氏の家臣である二俣昌長が室町時代末期の文亀年間(1501〜03)に築城したと記されている。 標高90mの台地上に築かれた二俣城は、北側から北曲輪・本丸・二之曲輪・蔵屋敷・南曲輪がほぼ一直線に配置されている。天守台のある本丸の南・北にそれぞれ虎口を設け、北虎口は食い違い虎口である。本丸西側には小規模な天守台が残っており、石積みは野面積である。本丸の南側には二之曲輪があり、枡形門跡がある。二之曲輪と蔵屋敷の間、そして蔵屋敷と南曲輪の間にはそれぞれ堀切がある。 永禄11年(1568)12月かっら天正3年(1575)12月まで7年間、二俣城は、徳川・武田両氏の攻防の舞台となった。二俣城は天竜川と二俣川の合流点に位置する天然の要害であり、しかも、二俣は遠江の平野郷と北遠の山間地方とを結ぶ交通路の結線点で、遠州平野の「扇の要」であったからである。
天龍浜名湖線二俣本町下車、歩いて10分ほどで入り口に到着しますが、石階段は登らず、先の駐車場まで行ってから登城道を登りだしてください。 すると驚き、センサーで感知し、自動的にお城の説明が始まります。その説明を聞きながら登城してください。 本丸に野積みの天守台が残されていますが、その天守台から見える天竜川の流れは絶景です。 |
| 二俣城 平成15年5月1日時点 | |
| ◇交通 | ・天竜浜名湖鉄道二俣本町駅下車、徒歩10分 |
| ◇問い合わせ | ・天竜市商工観光課 TEL 053-926-1111 |