久保田城(別名・矢留城)

―― 山川を取り入れた佐竹氏の城 ――

本丸北西の一番高い所に建つ
御隅櫓
本丸北西の一番高い所に建つ
御隅櫓
西方面からの御隅櫓遠方
西方面からの久保田城
御隅櫓遠方
 久保田城は秋田二十万石佐竹氏の居城である。
 関ヶ原合戦に際し、石田三成への義理から徳川家康に味方せず、中立的立場を保った佐竹義宣は、合戦後の慶長7年(1602)、徳川家康により常陸国(茨城県)五十四万石から秋田へ石高も明示されないまま転封を命じられた。

 久保田城は、佐竹義宣が窪田(久保田)の地に入部し、翌8年現在地にを築城した平山城である。
 輪郭式と連郭式を併合させた縄張りである。本城(本丸・二の丸・三の丸)が輪郭式で、外曲輪が連郭式になっている。

 天守はなく、堀と土塁・板塀で各曲輪を囲い、石垣は用いられていない。
 石垣のない理由は幕府への遠慮から堅固な城としなかったためであるが、本城を中心に山川を巧みに利用して濠や土手とした砦が形成された。

 それにしても、秋田藩佐竹氏の知行高が二十万五千石と決められたのは、入国後六十二年も経った寛文4年(1664)のことで、ここではじめて、常陸時代の半分にも満たない大減封であることが明示されたのである。

 義敦のときに明治維新を迎え、明治4年(1871)の廃藩置県で城地は兵部省、のちに陸軍省の管轄となった。

 本丸館は、明治13年(1880)7月の火災で全焼した。
本丸土塁
本丸土塁
 
御隅櫓
御隅櫓
 
 同23年公園として開放され、その後千秋公園と称し、現在に至っている。
 久保田城御隅櫓は、市制百周年を記念して平成元年(1989)7月に再建したものです。

 城域の北西の一番高い所に経つ隅櫓から見る秋田市内は展望がよいのでは(閉館の16:30に間に合わず登城できませんでしたが)。
 本丸内には秋田八幡神社がありましたが、公園内にも係わらず、その横には神主さん?らしい「榊**」の表札のある家もあり、・・・。

 秋田市内にもかかわらず、一匹の日本かもしかが放し飼い?になっていました。遭遇できた私は幸運なのでしょうか・・・。

 久保田城 御隅櫓                                平成20年6月1日現在  
◇所在地 ・秋田市千秋公園1番39号 千秋公園内
◇交通 ・JR奥羽本線秋田駅西口から、徒歩約15分(北西1.2km)
◇開館時間 ・午前9時から午後4時30分まで
  ただし、市立小中学校の夏季休業日は、午前9時から午後7時まで
◇休館日・12月1日から翌年の3月31日まで
◇料金・大人:100円、高校生:50円
◇問い合わせ ・秋田市立佐竹史料館  TEL:018-832-7892
  秋田市千秋公園1番4号3

参考文献・現地解説板、現地入手のパンフレット

go to home page  日本の城郭めぐり へ  © 2000,2008 kみむ