荘厳、華麗な本丸御殿がその全貌を現す。[いよいよ完成間近2008年春完成]
加藤清正公によって創建され、行政の場、歴代の肥後藩主の生活空間として使われてきた「本丸御殿」は、明治10年(1877)の西南戦争で焼失。
熊本城の完全復元への取り組みが進む中、平成15年に着工し、江戸時代から残る絵図や文献などを史料にした大広間の復元工事が進められてきました。
地下1階、地上3階建ての建築物で、東西78m、南北31m、高さ14.6m。
平成20年春の落成を間近に着々と内装が整い、ついにその全貌を現しつつあります。
本丸御殿大広間へのアプローチは、「闇り御門」から続く「闇り通路」。
本丸御殿大広間の下に設けられた、日本で例をみない地下通路です。
復元前まではその名を残すのみだた通路は、現在、石垣の上に直接配置された巨大な赤松の梁、ケヤキの柱を備え、また、一部には火災による損傷の影響が少なかった礎石をそのまま使用し、本丸御殿大広間の完成時の様相を取り戻しました。
左右を堅牢な石垣に囲まれた薄暗い通路の右側には、本丸御殿の玄関となる式臺(だい)之間へと続く階段が設けられていました。
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