上田城(別名・尼ヶ淵、真田城) 【 平成20年(2008)版 】
―― 二度にわたり徳川の大軍を破った真田氏の城 ――
| 【 平成11年(1999)の 上田城へ】 | ||||||||
上田城はいわば地方の小城で、石垣も少なく、一見したところ要害堅固な城とも見えないが、南方は千曲川の分流である尼が淵に面した断崖の臨み、太郎山脈と千曲・神川に取り囲まれた天然の要害に拠っている。 この上田城はまもなく、天下にその名を知られるようになった。 それは、この上田城に拠った真田氏が、二度にわたって徳川の大軍の攻撃をうけ、みごとにそれを撃退してしまったからである。 最初の合戦は天正13年(1585)に行われ、昌幸が徳川家康の命に従わなかったため、家康の怒りに触れ、大久保忠世・鳥居元忠等の率いる信濃・三河の勢八千でこの城を攻めたが、迎え撃つ真田勢は二千人弱であった。
二度目の戦いは、慶長5年(1600)関ヶ原の合戦に際し、関ヶ原へ向う途中、上田に押し寄せた徳川秀忠の率いる三万八千という大軍であった。 豊臣方に属した昌幸・雪村親子はこの城にわずか二千五百人ほどで立て籠った。 しかし、このときも徳川勢は、上田城を攻めあぐね、この地に数日間も釘づけされただけに尾終わり、関ヶ原での決戦に遅れるという大失態を演ずることになる。 全国に数多い近世城郭のなかで、二度も実戦を経験し、しかも常にこのような輝かしい戦果をあげた城は、他に見ることができない。 真田氏の上田城は、関ヶ原の合戦後に徹底的に破却された。
しかし、城再築は、忠政の病死により中絶し、堀や石垣などの普請(土木工事)は完成したものの、櫓や城門を建てる作事(建築工事)は、二の丸・三の丸を復興したのみで、本丸は未完成に終わった。 寛永3年(1626)、復興された本丸の七棟の櫓のうち三棟(南、北、西)が現存しているが、真田氏時代そのままであったとみてよく、仙石氏の後、松平氏の世となってもほとんど変化はなかった。 廃藩置県後、明治7年(1874)、上田城は民間に払い下げられ、再び廃城となった。 現在三の丸は市街地と変わってしまったが、本丸と二の丸には土塁・石垣・濠跡が残り、特に本丸の東虎の口には三層の隅櫓と石垣が昔の姿を留めている。
昔、真田一族が関ヶ原へ急ぐ徳川秀忠らをこの城一つで食い止めたのかと思うと、東西の隅櫓や石垣の上からの景色も感慨深いものがあります。 本丸や二の丸内にはたくさんの侍や兵があふれていたのでしょうか。 空堀を利用した二の丸堀遊歩道を彼女としっとりと歩くのもよいかも。 再訪時は、二の丸の周りを廻ったのですが、百間堀跡の広さや、尼ヶ淵からの本丸・西櫓、南櫓下の崖は凄いです。 赤土の様ですが、よく崩れないものだとつくづく感心しました。 |
| 二の丸東虎口と武者溜 | |||
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二の丸への入り口は、正面側である東虎口のほか、北と西の計3箇所あった。 いずれにも石垣が積まれていたが、このように城の門に枡形を造って敵の城内への直進を防ぎ、曲って出入りするようにした出入口を虎口(小口)という。 しかし、この二の丸の虎口は、大手門と同じく簡単な木戸が作られていただけで、建物(櫓門)は建てられなかった。 現市民会館の敷地一帯は、三十間堀と石垣で他から仕切られた一つの郭になっており、『武者溜』とされていた。 武者溜とは、城門内の外郭に沿った広い場所で、軍勢の屯集、勢ぞろいなどに使われる一画をいう。 松平家在城時代には、その中に同家の鎮守社などがまつられるようになったためであろうか、この武者溜は『鎮守曲輪』とも呼ばれる。
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| 東虎口の左側石垣 | 二の丸土橋と東虎口正面 | 東虎口の右側石垣 | |
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| 本丸東虎口土橋からの 武者溜の広場 | 二の丸東虎口 土橋入口の右側部分 | 土橋入口の右側に建つ 城址碑 | |
| 本丸北櫓 | ||
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| 東虎口櫓門に続く北櫓 | 本丸内側からの 北櫓(西面) | 東虎口櫓門前からの 北櫓(本丸内側) |
| 本丸南櫓 | ||
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| 東虎口櫓門に続く南櫓 | 本丸内側からの南櫓二階部分 (東虎口櫓門側面) | 北櫓前からの東虎口櫓門と 南櫓(本丸内側) |
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| 尼が淵跡からの本丸南櫓と下に切立つ断崖と石垣 | 南櫓下の尼が淵跡の広場 > | |
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| 尼が淵跡からの本丸南櫓下の切立つ断崖と石垣 (26kB) | ||
| 本丸と真田神社 | ||
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真田神社裏にある真田井戸は、城内唯一の大井戸であった。この井戸からは抜け穴があって、城の北方、太郎山麓や藩主居館跡にも通じていたとの伝説もある。 | ||
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| 北櫓側にある本丸跡碑 | 杉の木が植わっている 本丸跡 | 真田神社左横奥、 西櫓手前にある真田井戸 |
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| 真田神社左側に3基ある 酒蔵茶屋? | 東虎口櫓門前からの 真田神社本殿 | 神社本殿左横の 真田井戸、西櫓への侵入路 |
| 二の丸北虎口跡と百間堀跡 | ||
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| 北虎口跡の石垣(東面) | 北側から見た 北虎口跡の石垣 | 北側から見た 北虎口跡の本丸側石垣 |
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| 本丸側から見た 北虎口跡の石垣(南面) | 北虎口跡北側から見た 百間堀跡の陸上競技場 | |
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| 本丸側から見た北虎口跡の北側石垣 (19kB) | 北虎口跡の北側石垣(東面) | |
| 上田城跡公園 平成20年8月12日時点 | |
| ◇所在地 | ・長野県上田市二の丸6263番地イ |
| ◇交通 |
・JR長野新幹線/しなの鉄道 上田駅を下車し、お城口から徒歩約12分 ・上信越自動車道・上田菅平丸IC〜国道144号線を上田市街に南下し〜国道18号線〜 〜国道141号線を上田駅に向かい、駅前を右折し約500mで右に駐車場 |
| ◇駐車場 | ・上田城跡無料駐車場を利用(専用トイレがあり) |
| ◇開館時間 | ・午前8時30分〜午後5時(ただし入館は午後4時30分まで) |
| ◇休館日 | ・毎週水曜日と祝日の翌日(ただし、城櫓は冬期12月〜3月は休館) |
| ◇入場料 | ・一般:250円、高校・大学等:180円、小・中学生:60円 ※ 上田市立博物館・上田城櫓・山本鼎記念館共通 |
| ◇問い合わせ |
・上田市立博物館 TEL(0268)22-1274 長野県上田市二の丸3-3(上田城跡公園内) ・上田市観光課 TEL:0268-22-4100(代表) 長野県上田市大手一丁目11番16号 |
| 参考文献 | ・現地解説板、現地入手のパンフレット |