直江屋敷跡へ  春日山城址:毘沙門堂と護摩堂跡   本丸へ

毘沙門堂 (96kB)
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毘沙門堂と諏訪堂跡
 毘沙門堂には、謙信公の信仰された毘沙門天の尊像(青銅製、約50センチ)が安置されています。尊像は景勝公のとき会津を経て米沢に移りましたが、嘉永2年(1849) の火災で傷みました。昭和3年(1928)に第十五代上杉憲章氏が東京美術学校に修理依頼され、名匠高村光雲先生が一年余を費やして修理いたしました。
 その際先生は、御分身ををつくり、尊像の欠け損じたのをおなかに入れて同5年3月に完成し、当市(当時春日村)に寄進されました。
 翌6年11月に、昔の堂跡にこの祠堂を建て奉安したのであります。
 毘沙門天は、悪魔を降す神です。謙信公は自らの軍を降魔の軍とみなし、毘の字の旗を陣頭にかざし、また事あるときはこの堂前で諸将に誓を立てさせました。毘沙門天は四天王のうち、北方を守る多聞天でありました。
 この尊像は多聞天のお姿です。公は王城の北方を守る意気をもっていたものと思われます。
 
お花畑からの毘沙門堂 諏訪堂跡石碑と奥に毘沙門堂跡石碑 >毘沙門堂跡碑
お花畑からの毘沙門堂諏訪堂跡石碑と
奥に毘沙門堂跡石碑
毘沙門堂跡碑


護摩堂
 謙信が出陣前に毘沙門堂に籠ったことはよく知られていますが、戦勝や息災を祈祷したのが護摩堂です。護摩の修法は、毘沙門天の信仰とともに謙信が真言密教を深く信仰していたことを如実に物語っています。
 
本丸下の休憩所と護摩堂跡石碑
ダブルクリックで拡大図(109kB)へ >本丸下の休憩所と護摩堂跡前の郭 護摩堂跡前の郭と本丸への登り道
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本丸下の休憩所と
護摩堂跡石碑
本丸下の休憩所と
護摩堂跡前の郭
護摩堂跡前の郭と
本丸への登り道

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