岩殿山城(別名・岩殿城)

―― 関東進出を狙う為の対北条氏に対する武田勢第一防備の城 ――

ふれあいの館下から見上げる岩殿山岩壁
クリックで拡大図へ(61kb) 岩殿山城揚木戸城門跡
クリックで拡大図へ(72kb)  JR中央本線大月駅の北東に屹立する海抜635mの岩山が岩殿山である。東に葛野川、南に桂川を配し四方峭絶たる景観は、まさに天険の要害といえる。

 岩殿山は9世紀の末、天台宗の岩殿山円通寺として開創されたと伝えられ、10世紀のはじめには三重塔、観音堂、憎房その他の建物がならび岩殿は門前町を形成した。
 13世紀に入ると、円通寺は天台系聖護院末の修験道のセンターとして栄え、その支配は郡内一円はもちろんのこと甲斐国中の山梨、八代の東部一帯、駿河国は富士郡付近まで及んだ。

 16世紀に至り武蔵、相模に備える戦略上の拠点として、谷村館に居を構えていた小山田氏が詰の城を岩殿山に築いたのがはじまりといわれる。小山田氏が岩殿山を本格的な居城となしたのは天文元年(1532)といわれ、武田信玄の躑躅ヶ崎城の境目の城として、重要な押さえとなっていた。
岩殿山城本丸の裏側にある空湟(からほり) 岩殿山城三の丸跡展望台からみる桂川をへだてて大月市内と富士山方面の山並み  岩殿山は関東進出を狙う、対北条氏に対する武田勢の第一防備をなしていた。これは烽火台を完全に整備した武田勢のもっとも特異な築城といえる。相模国、武蔵国の両境より集められた情報は一旦この城に集められ、府中へと送られていた。

 天正10年(1582)武田、小山田の両氏が滅亡すると徳川氏により一時利用されたが、徳川幕府の支配体制の確立された17世紀初めには廃城となった。

 現在この城跡には、一番高く展望のきくところに本丸、その下に二の丸、三の丸、さらに蔵屋敷、兵舎、番所、物見台、馬屋、揚げ木戸などの建物跡のほか空湟(からほり)、井水(亀ヶ池)、帯郭、烽火台、馬場跡がある。
 また断崖のしたにある七社権現、新宮などの大洞窟が兵舎や出丸として用いられ、兜岩から稚児落しへのルートは落城の道とされている。

岩殿山城本丸跡と「空湟(からほり)」への案内板
クリックで拡大図へ(81kb) 岩殿山城帯郭下にある亀ヶ池
岩殿城址案内図 (109kB)へ

 岩殿山城は典型的な山城ですが、思ったほど広くはありません。全ての曲輪を見ても30分ほどで、本丸には電波塔がデーンと作られ、その際に当時の遺構が破壊されたのでしょうか、あまり遺構は残っていません。
 岩殿山城の遺構としてみるべきものとしては、まず、帯郭下にある亀ヶ池と馬洗い池があります。山城として今でも透き通った水をたたえています。しかし、この水で何人の人馬の咽を潤せるのかはなはだ疑問な気もしますが。
 次に本丸を抜けてしばらくしたところにある2つの「空湟(からほり)」があります。空堀といっても本丸と他の郭との尾根伝いの低くなったところといったぐらいで、日常は生活通路として使われていたそうです。

岩殿山城への入城門とふれあいの館 岩殿山城大手門跡より先にあるカブト岩  ふれあいの館からはじめコンクリートの階段をフーフーいいながら登ると、でっかい岩で作られた『揚木戸門跡』が出迎えてくれます。それにしても、巨岩があちこちに顔を出していてすごい山です。
 時間があれば、尾根ずたいに足を延ばしてカブト岩を登ってはいかがですか。すごいですよ。登るのには結構体力要りますよ。でも降りるのは楽です。

 岩殿山はハイキングコースとして有名らしいんですが、私は朝7時台に廻ったので、誰にも会わず、若干さびしい気もし、不安な感じもありました。天気の良い日には、見晴台や烽火台から富士山が見えるのですが、あいにくの曇りで見えず、残念。

 岩殿山を攻略するには事前にふれあいの館の展示室で地元大月出身の三遊亭小遊三がナレーションのビデオ(15分ほど)を見ておくとよいかも。


 岩殿山城 ふれあいの館                    平成14年10月26日時点  
◇交通 ・JR中央本線大月駅から徒歩約25分で城入り口へ
・JR中央本線大月駅から富士急山梨バスで日影ゆき、ゆりヶ丘入り口下車、
     徒歩約5分で城入り口へ (休日は11時台から1本/毎時しかないので注意)
  城入り口からふれあい公園のふれあいの館へは、約10分で、
  さらに岩殿山城本丸へは、山道を約20分〜30分ぐらい登る
◇開館時間 9:00〜16:00
◇休館日毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)
◇入館料・展示室は無料
・プラネタリウム:高校生以上300円、小中学生200円
◇お問合せ・ふれあいの館
    TEL:0554-23-4611
・大月市商工観光課
  山梨県大月市大月2-6-20
    TEL:0554-22-2111(代)

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