龍野城(別名・霞城)

―― 播磨の小京都といわれるたたずまいの城下町 ――

龍野城隅櫓
クリックで拡大図へ(77kB) 龍野城大手門(埋門)
 龍野城は標高210mの鶏籠山山上に山城として築かれた時代と、山上を詰めの城として山麓を含めた平山城の時代とあるが、現在は山上に郭の跡が残り、山麓には文華会館という御殿風建物、多聞櫓、埋門、隅櫓などが復興されている。

 龍野城のはじまりは室町時代の終わりの明応8年(1499)ころ、播磨の豪族赤松村秀が鶏籠山上に城を造った。
 現在も山上に戦国時代の砦的な本丸、帯郭、二の丸ほか数郭の削平地が残っている。

 天正5年(1577)城主赤松広英のとき、織田信長の中国征伐で羽柴秀吉に城を空け渡し、蜂須賀正勝が入城した。
 その後、福島正則、木下勝俊、小出秀政、山口広貞、石川光元らが城主となった。
御殿方面からの龍野城大手門(埋門)
龍野城御殿  このころから山麓に居館が設けられた。池田輝政が姫路に入ると支城として龍野城を改築し、荒尾但馬を城代として置いた。
 さらに城主は本多氏、小笠原氏、京極氏と替わり、寛文12年(1672)脇坂安治が五万三千石で入封すると以降は世襲して明治維新に至った。

 近世大名の居城になると山麓の構造物が主体となり、南山麓には城主の御殿や政庁などの建造物があり、城下町が栄えた。
 今も脇坂藩公邸跡、武家屋敷跡など多くの遺構が見られる。
御殿方面からの龍野城大手門(埋門) 家老門
 月曜日で御殿は見学できませんでしたが、隅櫓や御殿を外からはゆっくりと見れました。開いていれば御殿は無料で見れるようです。
近くには家老門や士族屋敷などがあり散策をしながら、ついでにうすくち龍野醤油資料館なども見たら如何でしょうか。
車なら、更に近くの揖保の糸そうめんの里まで足を延ばしてそうめんでも食べたらどうでしょう。


  龍野城                    平成12年8月7日時点  
◇交通 JR本龍野駅から、徒歩約20分
本龍野駅前に2軒のレンタサイクルがあり(営業時間8:00〜18:00)
◇開館時間 午前9時〜午後5時
◇休館日月曜日(祝日の場合は火曜)休城 
◇入館料無料
◇お問合せ 龍野観光案内所
      TEL:0791-63-9955

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