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本丸西橋からの内濠と天守台跡(北北西面) 
クリックで拡大図(49kb)にいきます。 内濠ごしの天守台跡(北西面) 
クリックで拡大図(52kb)にいきます。 本丸天守台跡(西面)と内濠ごしの桃山門 
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本丸西橋からの内濠と
天守台跡(北北西面)
内濠ごしの
本丸天守台跡(北西面)
本丸天守台跡(西面)と
内濠ごしの桃山門
内濠ごしの天守台跡(南西面) 
クリックで拡大図(44kb)にいきます。 本丸天守台跡(南面)と西橋 
クリックで拡大図(45kb)にいきます。 本丸天守台跡(南面) 
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内濠ごしの
天守台跡(南西面)
本丸天守台跡(南面)と
西橋
本丸天守台跡(南面)
本丸内から天守台への石階段 
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本丸内から
天守台への石階段

 家康時代には今の北中仕切門の北隣、ちょうど北塁壁が西に窪む所に櫓台があり五層造りの天守があったそうですが、家光の新たな本丸造営に伴い解体され、淀城天守台に移築され、かわって、現在の本丸の西南隅には伏見城の天守が運ばれ、望楼式から層塔式の大壁造りで、旧天守同様五層で造営されました。
 しかし、その五層の天守も残念ながら、寛永3年(1750)八月、落雷によって焼失してしまいました。

 広い天守台跡からの本丸、内濠や周りを見渡すとこの地に五層の天守があった頃にいかに近隣から威圧の風があったかと感じざるを得ません。

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