箕輪城跡

―― 丘陵全体を大規模要塞とした城 ――

本丸石碑と本丸広場(北西方面)
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本丸石碑と本丸広場
(北西方面)

 
入口付近からの御殿曲輪内部と井戸跡(北西方面)
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入口付近からの御殿曲輪内部
と井戸跡(北西方面)

 
 箕輪城は西暦1500年ころに高崎市の浜川地域を拠点にしていた長野氏が築城した城です。
 長野氏に関する文書史料が少ないことから、築城年・築城者など不明の点が多くあります。
 後の系図などから、築城者は長野業尚(尚業)で、その後、憲業(信業)、業政、業盛の計4代にわたって、長野氏が箕輪城を拠点にしていたと考えられています。

 長野氏は業政の代に全盛期を迎え、西上野の諸将と婚姻関係を結び、勢力を広げました。
 永禄年間に入ると、西上野は甲斐の武田、相模の北条、越後の上杉の三巴の戦いの舞台になります。
 その結果、長野方の要所である国峰城(甘楽町)、安中城(安中市)、松井田城(安中市)、倉賀野城(高崎市)などが武田信玄によって落城してしまいます。
 こうした中、長野業政は関東管領山内上杉家に対して、最後まで尽くしていたことで知られています。
二の丸中心の碑と説明板
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二の丸中心の碑と説明板
 
城を南北に分断する大堀切と土橋
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城を南北に分断する大堀切と土橋
 
 そして、永禄9年(1566)、難攻不落であったと伝えれる箕輪城もついに落城することになりました。
 落城後は、武田・織田・北条・徳川氏の城として使われます。
 この間城主になったのは、各戦国大名の重臣で、武田氏時代(1566〜1582)は内藤昌秀(昌豊)など、織田氏時代(1582年の1ヶ月弱)は滝川一益、北条氏時代(1582〜1590)は北条氏邦などが城主を務めています。
 そして、最後の徳川氏時代(1590〜1598)は、井伊直政が徳川家康の家臣では最大の領地(12万石)を拝領し城主になっています。
 このように、戦国時代を通じて、西上野で最大の拠点になった城です。

 箕輪城は、井伊直政が慶長3年(1598)、高崎(和田)に移城したことによって、廃城となりました。
 廃城に伴う移築などから当時の建物は全く残っていませんが、大規模な堀や石垣などは良好に残り、往時を偲ばせています。

北側の虎口からの稲荷曲輪(南方面)
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北側の虎口からの稲荷曲輪
(南方面)

 
五つの堀に分かれる御前曲輪北堀
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五つの堀に分かれる御前曲輪北堀
 
 
 箕輪城の最大の特徴は、大規模な堀です。
 本丸周辺では、最大幅30m、深さ10mの空堀が巡り、他にも中央部に城を南北に分断する役割を果たす大堀切が構えられるなど同時代の城としては全国的な規模の堀が城内各所に残っています。
 なお、大部分の堀は空堀と思われます。

 大手門から本丸へ上がる途中の虎韜門(ことうもん)・鍛冶曲輪・三の丸・二の丸などには石垣が残っています。
 城の目立つ場所に城主の権威を示すために築かれたのかもしれません。

 箕輪城は長野氏以降、城主が度々代わっています。
 発掘調査などでは、城主の交代による城の造り替えの状況が明らかになってきています。
 現在ある堀や石垣などは最後の井伊氏時代に使われていたもので、長野氏時代の城とはかなり異なっています。

搦手口跡碑(左:二の丸、右:稲荷曲輪)
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搦手口跡碑
(左:二の丸、右:稲荷曲輪)

 
大手尾根口
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大手尾根口
 
( 箕輪城跡 遊歩道案内図 (113kB) )

( 箕輪城跡 案内図 (124kB) )

 城内部の御前曲輪・本丸・二の丸・三の丸などの周囲の最大幅30m、深さ20m以上の空堀は圧巻です。すべて、人手で丘陵を掘り下げたのでしょうか。
特に二の丸の南の大堀切は、城を南北に二分し、ただ一つの土橋でつながれていました。

 毎年10月末に行われる箕輪城まつりでは、広い本丸で、攻め寄せる武田軍を、対する西上州武士団が迎え撃ちます。
 青い旗が西上州武士団、赤い旗が武田軍で、戦闘が始まるやいなや、土煙が舞い、赤と青の旗が入り乱れ、城内は大混戦だそうです。

 箕輪城跡                                平成19年8月12日時点  
◇交通 ・JR高崎駅から群馬バスにて、箕郷・伊香保温泉行きに乗り、
 城山入口下車、搦手口入口まで徒歩約5分 (伊香保温泉行きは1本/1〜2時間)    
  ※ 箕郷営業所止まりの場合は、小学校前を通り大手尾根口入口まで徒歩約20分
・関越自動車道「高崎」IC車20分
◇駐車場 ・搦手口入口に駐車場有(20台以上駐車可)
・搦手口から登り二の丸広場にも駐車場があり。
◇問い合わせ ・高崎市役所 箕郷支所
  高崎市箕郷町西明屋702番地4  Tel:027-371-5111

参考文献現地解説板、現地入手のパンフレット

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