早川口遺構へ  小田原城:城山公園内の小峯の大堀切東堀 (88kB)   天守閣へ

城山公園内の小峯の大堀切東堀 (88kB)
クリックで 小田原城 へ戻ります。
城山公園内の小峯の大堀切東堀 (88kB)

小峯御鐘ノ台大堀切
 小峯御鐘ノ台大堀切は、東堀、中堀、西堀の3本からなる戦国時代に構築された空堀です。
 北条氏は、天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原攻めに対し、総構といわれる周囲約9kmの堀や土塁を構築し、その中に城のみならず城下町までを取り込んだ戦国期最大級の城郭を築きました。
 この大堀切東堀は、総構以前に構築された三の丸外郭に相当し、本丸へと続く八幡山丘陵の尾根を分断しており、敵の攻撃を防御するために築かれた空堀です。総構とともに小田原城の西側を守る最も重要な場所であったと考えられます。
 東堀は、幅が約25〜30m、深さは堀底から土塁の上面(天端)まで約12〜15mあり、堀の法面は50〜60度という急な勾配で、空堀としては全国的にも最大規模のものといえます。
 発掘調査によると、堀には堀障子や土橋状の掘り残し部分のほか、横矢折れと呼ばれるクランク部分などが設けられていることが確認されました。こうした堀の構造は北条氏が積極的に用いたもので、戦国時代の小田原城の特色をよく表しています。
 
大堀切東堀への入口(南端部) 大堀切東堀(入口方面) 大堀切東堀中間の横矢折れと呼ばれるクランク部分
ダブルクリックで拡大図(83kB)へ
大堀切東堀への入口(南端部)"大堀切東堀(入口方面)大堀切東堀中間の
横矢折れと呼ばれるクランク部分
大堀切東堀横矢折れ付近 大堀切東堀(横矢折れ方面) 大堀切東堀(北端方面)
大堀切東堀横矢折れ付近大堀切東堀(横矢折れ方面)大堀切東堀(北端方面)
大堀切東堀の土塁内側(南側) 大堀切東堀の土塁内側(北側) 大堀切東堀の内側(中堀への切れ目部分)
大堀切東堀の土塁内側(南側)大堀切東堀の土塁内側(北側)大堀切東堀の内側
(中堀への切れ目部分)
小峯御鐘ノ台大堀切東堀(北端)
小峯御鐘ノ台大堀切東堀(北端)
小峯中堀の土塁 小峯中堀から東堀方面の堀(東端)
ダブルクリックで拡大図(85kB)へ 石垣も残る小峯中堀(北端)
小峯中堀の土塁小峯中堀から
東堀方面の堀(東端)
石垣も残る小峯中堀(北端)

 小田原城 へ戻る  (C)2007, kみむ