
| 二の丸 | ||
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江戸時代の小田原城には、将軍の旅宿専用の「本丸御殿」と、藩主の居館や行政を行う政庁としての役割を持った「二の丸御殿」の二つの御殿がありました。 「二の丸御殿」は、三代将軍家光が上洛のおり小田原城に止宿した寛永年間(1624〜44)の頃が最も壮麗で、能舞台や唐門も備えた立派なものでした。しかし、元禄16年(1703)に起きた大地震により小田原城は甚大な被害を受け、「二の丸御殿」も倒壊し炎上してしまいました。その後再建され、徐々に増築されたものの、以前の姿には到底及ばないものでした。 平成9・10年には、この「二の丸御殿跡」で試掘調査が行われ、元禄の大地震で真赤に焼けた土と前期の御殿の礎石や屋根に葺かれていた瓦などが出土しました。また、後期の御殿は前期の焼け跡を一旦埋め立てて新たに建てられたこともわかりました。 | ||
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| 二の丸南部(銅門方面)からの二の丸御殿跡全景 | ||
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| 宮内庁図に描かれた江戸時代前期の二の丸御殿の絵図 (37kB) | ||
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| 二の丸水堀と隅櫓(東辺南部) | 二の丸水堀と学び橋(東面) | 二の丸水堀と土塁(東辺北部) |