馬出門枡形へ  小田原城:三の丸・幸田口門跡の土塁 (81kB)   大手門跡と鐘楼へ

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三の丸・幸田口門跡
 幸田門跡の土塁は、江戸時代の小田原城の三の丸の土塁跡です。 当時は、本丸、二の丸(現在の城址公園周辺の範囲)を包むようにお堀と土塁を巡らし、三の丸としていました。 この土塁は、三の丸の土塁が残されている数少ない場所のひとつです。
 この場所の西側に幸田門という三の丸の入口がありました。 その跡の一部が発掘調査で見つかっています。
 戦国時代に上杉謙信や武田信玄が小田原城を攻めた時には、この幸田門から小田原城を攻めたと考えられています。 北条氏康・氏政父子は、籠城策を用いてこれを退け、小田原を守り抜きました。
 
三の丸・幸田門口跡の土塁の図 幸田口門跡の土塁(東辺)
幸田口門跡の土塁(東辺)
幸田口門跡の土塁(東部)
幸田口門跡の土塁(東部)
幸田口門跡の土塁(北辺)
三の丸・幸田門口跡の土塁の図幸田口門跡の土塁(北辺)
幸田門口跡入口の土塁(西側) 幸田口門跡の土塁(中間部) 幸田口門跡の土塁(中間部)
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幸田門口跡入口の土塁(西側)幸田口門跡の土塁(中間部)幸田口門跡の土塁(中間部)

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