越前大野城(別名・亀山城)

―― 東方防御の堅城 ――

越前大野城復興二層天守と小天守(左)  標高約250mの亀山丘陵に本丸を置き、麓の山下に二の丸・三の丸・外郭の郭を展開させた梯郭式の縄張りをもつ平山城である。

 天正3年(1575)織田信長は柴田勝家の越前入国に伴い、一向一揆が支配する大野郡を金森長近と原政茂に平定させ、大野郡の三分の二を金森氏に、三分の一を原氏に与えたといわれています。
天守閣への石段
 金森氏は程なく亀山に東方防御の要として平山城の城郭と、その東麓に城下町を造り始めました。

 金森氏は天正14年(1586)飛騨高山に転封、その後城主は度々交替し、江戸初期には松平氏が60年間、その後天和2年(1698)には大老土井利勝の四男の土井利房が四万石で入城、明治の廃藩まで土井氏が城主を努めました。

 大野城は山上の本丸に望楼付き二層三階の大天守と二層二階の小天守・天狗櫓等、麓に二の丸、三の丸があり、二重の堀と川をつないで城を守っていました。石垣は野面積みで積まれています。
大天守からみた小天守
 江戸時代には町の大火により、城も幾度か類焼し、安永4年(1775)には本丸も焼失しましたが、寛政7年(1795)に再建されました。
武器櫓あとの碑
 廃藩後、城の建造物は取り壊され、現在の天守閣は昭和43年(1968)旧士族萩原貞氏の寄付により、天守と天狗櫓が往時を推定して再建されました。
 内部には金森氏・土井氏等の遺品が展示されています。

 碁盤の目の町割の中を行くと越前大野城(亀山城)が見えてきます。
元気を出して城上りを体験しては如何。
遊歩道を歩けばハイヒールでも登れます。


 大野市郷土博物館                平成11年8月15日時点  
◇交通機関JR越前大野駅から徒歩約40分 
◇開館時間 4〜9月 :午前9時〜午後5時 
10・11月:午前9時〜午後4時
◇休館日 12月1日〜3月31日
◇入館料大人:100円、小人(小中学生):50円
◇問い合わせ大野市郷土博物館 福井県大野市城町2-13
        TEL:(0779)66-0238

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