らもんの一生 平成元年

平成元年二月五日 サンデー毎日に桂文珍との対談

大阪のコピーは「一発必殺」です
中島らも

文珍 朝日新聞に連載中の「明るい悩み相談室」で、このあいだ、お父さんが娘の乳を触るという悩み、あの答えが面白かったですね。
中島 娘のオッパイを旦那が値切っていく・・・・・・。
文珍 二百円で触らせろと言うたら、娘が五百円やと言うたと。
中島 で、「もう一声!」と言うてるわけですよ、親子の間で。お母さんが、うちの旦那と娘はいつもそういうことして遊んどる、放っといてええんやろか、というハガキでした。「二房で五百円やったらええけど、一房五百円というのは高い。自分の値打ちを知らんのちゃうか」と答えたら、投書ですごく怒られたんですよ。
文珍 どんな人からでした?
中島 中年の男性やと思うんですけど。「自分の血を分けた娘の肉体的器官を玩弄し、それに対して金額を要求するとは何事か」と書いてあって、これはおっしゃるとおりだと思って、次をめくったら「あんなものはタダでもいいのだ」って。
文珍 クックックック。


中島 結局、オバチャンが一番面白いですね。旦那がダメ、高校生ぐらいの子供がダメ。お母ちゃんは見方がやっぱり母性的なんです。旦那も子供やと思っているんですね。旦那は家で一番たるんでいて、油断したとこばっかり見られていて、何ぼでもネタがあるみたいですね。ただ許している。しようないなあ、この人はと。それはすごいあったかいんです。 文珍 オバタリアンみたいなんがあるし、その半面で、テレビで鬼嫁シリーズがある。
中島 オバチャンはどんどん賢うなってると思いますね。僕がようくさすような、手首に輪ゴムをはめてるオバチャンとか、夏になったらムームー着て、オッパイがゴロンと出てオチチや! て言うてるようなオバチャンとかが、減ってるんじゃないかという気がしますね。
文珍 なるほど、どういうオバチャンが増えてますか。
中島 カルチャー教室へ行って「万葉集」を読んでるようなオバチャンが徐々に増えてるんでしょうね。旦那のほうはテレビで野球ばっかり見てる。だからどんどん差ができていって、定年の頃には太刀打ちできないんじゃないですかね。
文珍 コピーライターのお仕事を始めたんは・・・・・・。
中島 印刷屋の営業マンを四年ほどやってて、得意先の担当者がそういう勉強しにいくというので、向こうだけ賢うなられたらかなわんと思って一緒に行ったのが始まりです。二十八ぐらいからそれで食べてますけ ど、遅いほうですね。
文珍 一番初めに手がけられたCMのコピーは何やったんですか?


中島 鉄骨の建売住宅です。「家は焼けても柱は残る」と。鉄骨住宅やから。で、えらい怒られて。
文珍 柱残ったら、保険はおりんですからなあ。
中島 だから、そこはしくじりまして。
文珍 ハッハッハ。
中島 お墓もやってたんです、長いこと。墓石がギーッと動いて、なかから三角形の布をかぶった青白い顔の男が出てきて「こんなええとこ、おまへんでえ」。
文珍 ハッハッハ。面白いけどねえ。
中島 ねえ。そこも危うく、しくじるところでした。大阪のはおかしいですね、お金がないから。タレントさんを使わなければ、東京だと一千万円から千五百万円ぐらいですけど、大阪は五百万あったら御の字で、そこから何ぼ値切れるかという世界なんです。
 僕が一番安いコマーシャルを見たのは、僕の同業者が四百五十万円値切られて五十万円でつくった、嘉門達夫の「哀愁の黒乳首」というシングル版のテレビコマーシャルです。五十万で作るというのは、もう詐欺の世界です。女子大生を二十人ぐらい騙してきて、黒いブルーマーをはかして踊らすという(笑)。
文珍 何か、情けないなあ。
中島 大阪だと、中小企業の社長に直接会って談判するというのは結構あるんですよ。たたき上げやし、会社の鉛筆一本まで自分のもんやと思うてるわけです。出すお金は自分のお金やから、効くコピーにしかお金は出せんみたいな・・・・・・。
文珍 なるほど。


中島 大阪のコピーにキツーイのが多いのは、お金が少ないから何回も流せないでしょう、だから一発必殺みたいなやつを作らんとあかんわけです。大阪で食べられたら、どこへ行っても食べられますよ。
文珍 大阪の薬局の宣伝文句には、わしらコピーライターは勝てんという話は、面白おますがな。
中島 勝てんですね。「便がドッサリ出る」て、書いてあるんです。それをテレビで広告するとしますと、「バラの痛みにG4」かなんか・・・・・・。
文珍 フムフム。
中島 それと「便がドッサリ出る」と対決さしたら、勝ち目ないですわね。
文珍 また、オバチャンは賛肉は全部便や、と思うてますからね。
中島 その文句を見た時に、問い詰められるわけですよね。前に中之島を歩いていたら、タコ焼き屋のオッチャンがコピー書いててね。「おいしいタコ焼き、二百円でどや!」て書いてあるわけです。それを見たら「買いますか、いりませんか」と問い詰められるわけですよね。
文珍 なるほど。
中島 テレビのコピーなんか見てても、そんなことないですよね。だからやっぱり負けますね。
文珍 曽根崎著が「おいでやす」て書いてある。「大阪府警へおいでやす」はかなり面白い。


中島 覚醒剤防止のポスターは清原が打ってる写真なんですけど、その下に「覚醒剤打たずにホームラン打とう」て書いてあるんです。で、このコピーどう思いはりますかて、新聞社から聞いてきてね。たとえばシャブ中″のオジサンがこのポスターを見て、「わし、悪かった。今日から覚醒剤やめてホームラン打つことにする」て誰が思うねん。お巡りさんが考えたコピーですって。
文珍 僕がすごいなあと思ったのは、アメリカで飲酒運転の防止のためのポスターに、スティービー・ワンダーが出てて、「飲酒運転の車に乗せてもらうのは、僕が運転するよりももっと怖い」て書いてあったんですね。
中島 キツイですね。
文珍 キツイです。そやけど、そこまで言ってしまうみたいなところがありますからね。
中島 結局、それをさせないという目的があるわけでしょう。覚醒剤を打たせない、という目的があるのに「ホームラン打とう」と書いてたらいかんわね。
文珍 意味がない。
中島 それやったらまだ、そっちのキツイやつのほうが、目的果たしてますわね。


文珍 はっきりしてるなあと思いましたね。ただ、このごろの世の中は、たとえば、こいつに腹が立つと思って石を投げると、ブーメランのように戻ってくるというようなことがあるんじゃなかろうかと。
 リクルートもそうだと思うんですけど、政治家が悪いんだ、政治家同士の派閥がどうのこうのやっとるんだ、腹立つなあと思いながら、しかしそれを選んだのはお前らやないかて突き詰められれば、自分で自分の首を絞めてるような状況というのがあるんやないかと。
中島 このごろの人は、問い詰められるというのを極度に怖がるんですよね。六〇年代、あの時代には一応みんな覚悟ができてたわけですわ。口でくるんやったら口で戦うみたいな。今は怖いですね、それをされたことがないから。だから、いい子になることだけ考えているみたいなとこありますよね。
 学校の規則だって厳しいですよ。愛知県には三校禁という規則があって、三つ以上の学校の生徒が一ヵ所に集まったらいけないんですって。
文珍 ほうっ。
中島 一人だけ反対しても退学させられたら、もうしまいですから、誰も何も言わないですよね。ほかに「股火鉢をするな」とか。きょうび、どこに火鉢があるんや。でも、そういうものが残ってたり。
 このあいだ聞いたのでは、ある全寮制の女子高校で、寮の面会時間が五分なんですって。男子が来た場合は、向かい合って話したらダメや、背中と背中を合わして話さないかん。


文珍 ハッハッハ。エイズ撲滅キャンペーンのポスターみたいですね。
中島 キスするおそれがあるからなんでしょうかね(笑)。
文珍 でも、それ、よう考えましたね。
中島 スゴイでしょう。
文珍 エライですね、アホらしいなるけど。
中島 その学校では、即席ラーメンが禁止なんですよ。
文珍 ほうっ。
中島 即席ラーメンは悪だとされているわけですわ。そやから、即席ラーメン作って食べた子は罰則があるわけですよ。そういうところで教育されてきたら、ちゃんと論理立てて相手と話するということをやっぱり怖がりますよ。
文珍 大事なのは、自分で判断する力がついているかということでしょうからね。
中島 ルールがすでに出来ていて、それに従うというのは、すごい楽なんですよね。思想でもそうやし、制度でも、法律でもそうやし。全部自分で引き受けて、すべて自分で考えんといかんといったら、たまらんでしょうね、人間は。
文珍 流される楽しみみたいなのがあるんでしょうか。ことに若い人にそういうのが顕著に見えますな。だから、それだけでは違うねんで、ということをいつもどっかに持ってくれてないと・・・・・・。何か自分なりの価値の基準がいるんじゃなかろうかと、私はいつも思っているんですけど。


中島 給食で、おかずを必ず均等に配る。で、そういうもんやと思ってる。世の中というのは平等で、公平であるべきなんやと。で、社会に出てから自分に不幸せが来るでしょう。これはおかしいと言って、怒り出す子が多いんやと思います。幸福も平等に分けられるべきもんやと思っているわけですね。くれるもんやと思ってる。
文珍 子供のころから、打たれ強い子ォになってないとあかんのでしょうね。
中島 ところが、そうじゃない。
文珍 うちらにやって来ます弟子でも、そういう子ォ、多いですよ。どつかれたことがない。バアーンと一発いったら、玄関のとこまで裸足で逃げ出してね、こっちがびっくりしました。何で逃げたんやて聞いたら、怖いと言う。生まれて初めて叩かれたと。
 で、「お前さん、怖いて逃げてんのは俺が怖いと表面は思ってるやろうけども、ほんとは君のなかで何かから逃げようとしているところが怖いんちゃうか」と精神論にすりかえてやると、いっぺんに泣きよりまんな。ぽろぽろぽろっと泣きまっせ。オモロイでっせ(笑)。
中島 もろいやろね。
文珍 親は叩いてない、先生は叩いてない、友達同士で叩き合いの喧嘩したことない、兄弟ともやってない、テレビでしか見たことない・・・・・・。信じられへんかったけど、ほんまにあるんですね。
中島 しかし、そういう目にあったというのは得ですよ、本人にとって。


桂文珍 対談集「浪速友あれ」より
毎日新聞社 税込み千三百円
ISBN4-620-30769-8 C0076


なかじま・らも
 本名・中島裕之。1952年、兵庫県生まれ。大阪芸術大学放送学科卒。印刷会社の営業マンの後、コピーライターに。
 カネテツデリカフーズのキャラクター、てっちゃんとヤクザなとうちやんの4コマ漫画で人気を博す。著書に「明るい悩み相談室」「超老伝・カポエラをする人」など。

永遠も半ばを過ぎて 〜 あるいは中島らもについて