国際派日本人養成講座【従軍慰安婦】問題(下)


「従軍慰安婦」問題(下)

〜仕掛けられた情報戦争〜

■一、強制を示す文書はなかった■

 宮沢首相は、盧泰愚大統領に調査を約束し、その結果が、四、(前号)、翌平成五年八月四日の河野官房長官談話となった。政府調査の結果、「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表され、慰安婦強制連行があったことは、政府の公式見解となった。

 この発表のために、政府はおおがかりな文書調査と、元慰安婦への聞き込みを行った。前号冒頭に紹介した米軍の報告書も、この文書調査で発見されたものだ。それでは、いかなる事実によって「官憲等が直接に荷担した」と結論づけたのか?

 この調査を実施した平林博・外政審議室室長は、平成九年一月三十日、参議院予算委員会で、片山虎之助議員(自民党)の質問に対し、次のような答弁をしている。[三、二百四頁]



 政府といたしましては、二度にわたりまして調査をいたしました。一部資料、一部証言ということでございますが、先生の今御指摘の強制性の問題でございますが、政府が調査した限りの文書の中には軍や官憲による慰安婦の強制募集を直接示すような記述は見出せませんでした。

 ただ、総合的に判断した結果、一定の強制性があるということで先ほど御指摘のような官房長官の談話の表現になったと、そういうことでございます。

■二、総合的に判断した結果■

 資料はなかったが、「総合的に判断した結果」、強制性があったという。この判断の過程について、当時、内閣官房副長官だった石原信雄氏は、次のように明らかにしている。

 強制連行の証拠は見あたらなかった。元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと探したがそれもどうしてもなかった。結局談話発表の直前にソウルで行った元慰安婦十六名の証言が決め手になった。彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しいという韓国側の強い要請に応えて、納得できる証拠、証言はなかったが強制性を認めた。



 もしもこれが日本政府による国家賠償の前提としての話だったら、通常の裁判同様、厳密な事実関係の調査に基づいた証拠を求める。これは両国関係に配慮して善意で認めたものである。元慰安婦の証言だけで強制性を認めるという結論にもっていったことへの議論のあることは知っているし批判は覚悟している。決断したのだから弁解はしない(櫻井よしこ「密約外交の代償」「文塾春秋」平成九年四月) [三、五十八頁]
 元慰安婦からの聞き取り調査は、非公開、かつ裏付けもとられていないと明かされいるが、そうした調査の結果、「韓国側の強い要請」のもとで「納得できる証拠、証言はなかったが強制性を認めた」ものなのである。

 聞き取りが終わったのが七月三十日。そのわずか五日後の八月四日、河野談話が発表された。同日、宮沢政権は総辞職をした。まさに「飛ぶ鳥跡を濁して」の結論であった。

■三、日本の言論機関が反日感情を焚きつけた■

「強い要請」を行ったという韓国政府の態度について、石原氏は国会議員との会合で次のように語っている。



 もう少し補足しますと、この問題の初期の段階では私は韓国政府がこれをあおるということはなかったと。むしろこの問題をあまり問題にしたくないような雰囲気を感じたんですけれども、日本側のいま申した人物がとにかくこの問題を掘り起こして大きくするという行動を現地へいってやりまして、そしてこれに呼応する形で国会で質問を行うと。連携プレーのようなことがあって、韓国政府としてもそう言われちゃうと放っておけないという、そういう状況があったことは事実です。[四、三百十四頁]
 この「いま申した人物」について、石原氏は「ある日本の弁護士さん」として、名前は明かしていない。

 慰安婦問題は、日本の一部の人間が焚きつけた、という認識は、韓国側の盧泰愚大統領の次の発言にも、見られる。

 日本の言論機関の方がこの問題を提起し、我が国の国民の反日感情を焚きつけ、国民を憤激させてしまいました。(文芸春秋、平成五年三月)[一、三百二頁]



■四、インドネシアに現れた日本人弁護士たち■

 日韓関係と同様、インドネシアとの間でも、慰安婦問題が焚きつけられた。平成五年に高木健一氏(金学順さんらの日本政府に対する訴訟の主任)ら、日本の弁護士三人がインドネシアにやってきて、地元紙に「補償のために日本からやってきた。元慰安婦は名乗り出て欲しい」という内容の広告を出した。[五]

 兵補協会のラハルジョ会長は、「補償要求のやり方は、東京の高木健一弁護士の指示を受け」、慰安婦登録を始めた。会長は取材した中嶋慎三郎ASEANセンター代表に対して、「慰安婦に二百万円払え」と怒号したというから、名乗りでれば、二百万円もらえると宣伝している模様であった、と言う。

 インドネシアでの二百万円とは、日本なら二億円にも相当する金額なので、大騒ぎとなり、二万二千人もが元慰安婦として名乗りをあげた。ちなみに、当時ジャワにいた日本兵は二万余である。

 この様子を報道した中京テレビ製作のドキュメンタリー「IANFU(慰安婦)インドネシアの場合には」に、英字紙「インドネシア・タイムス」のジャマル・アリ会長は次のように語った。



 ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦がいたというのか。どうしてインドネシアのよいところを映さない。こんな番組、両国の友好に何の役にも立たない。我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。「お金をくれ」などとは、三百六十年間、わが国を支配したオランダにだって要求しない。
■五、慰安婦番組での仕掛け■

 ちなみに、この番組では、元慰安婦のインタビュー場面が出てくるが、ここでも悪質な仕掛けがあった。元慰安婦が語る場面で、日本語の字幕で

 戦争が終わると日本人は誰もいなくなっていたんです。私たちは無一文で置き去りにされたんです。
と出ているのだが、実際には、インドネシア語で、
 あの朝鮮人は誰だったろう。全員がいなくなってしまったんです。私たちは無一文で置き去りにされたんです。
と話していたのであった。慰安所の経営者は朝鮮人であり、戦争が終わると、慰安婦たちを見捨てて、姿をくらましたのである。



■六、あなた方日本人の手で何とかしてください■

 この番組の予告が、日本共産党の機関紙「赤旗」に出ていたことから、インドネシア政府は、慰安婦問題の動きが、共産党により、両国の友好関係を破壊する目的で行われていると判断したようだ。

 スエノ社会大臣が、すぐにマスコミ関係者を集め、次の見解を明らかにした。

一、インドネシア政府は、この問題で補償を要求したことはない。

二、しかし日本政府(村山首相)が元慰安婦にお詫びをしてお金を払いたいというので、いただくが、元慰安婦個人には渡さず、女性の福祉や保健事業のために使う。

三、日本との補償問題は、千九百五十八年の協定により、完結している。

 インドネシア政府の毅然たる姿勢で、高木弁護士らのたくらみは頓挫した。この声明の後で、取材した中嶋氏は、数名のインドネシア閣僚から、次のように言われたという。



 今回の事件の発端は日本側だ。悪質きわまりない。だが、我々は日本人を取り締まることはできない。インドネシアの恥部ばかり報じてインドネシア民族の名誉を傷つけ、両国の友好関係を損なうような日本人グループがいることが明白になった。あなた方日本人の手で何とかしてください。
■七、国内で急速に冷める関心■

 地道に調査を進める人々の努力により、奴隷狩りのような強制連行の事実はないことが明らかになると、さすがに慰安婦問題を糾弾する人々の間でも、強制性の定義を修正せざるを得なくなってきた。たとえば、糾弾派の中心人物である吉見義明・中央大学教授は、岩波新書の「従軍慰安婦」で、次のように述べている。

 その女性の前に労働者、専門職、自営業など自由な職業選択の道が開かれているとすれば、慰安婦となる道を選ぶ女性がいるはずはない・・・たとえ本人が、自由意思でその道を選んだように見えるときでも、実は、植民地支配、貧困、失業など何らかの強制の結果なのだ。[六、百三頁]
「強制性」をここまで広義に解釈すれば、現代の風俗関係の女性たちも、貧困や失業など何らかの「強制の結果」であり、国家が謝罪と補償をすべきだ、ということになってしまう。



さすがにこのような暴論では、常識ある国民の理解を得られるはずもなく、国内の慰安婦問題に関する関心は急速に冷めていった。

■八、国連での攻防■

 しかし国際社会では、事実の伝わりにくさを利用して、慰安婦問題をスキャンダルに仕立てようとするアプローチが今も展開されている。その最初は宮沢首相の訪韓直後の平成四年二月十七日、日本弁護士連合会の戸塚悦郎弁護士が、国連人権委員会で、慰安婦を人道上の罪と位置づけ、国連の介入を求める発言をした事である。

 平成八年三月にジュネーブで開かれた国連の人権委員会に提出されたクマラスワミ女史の報告書は、家庭内暴力を主テーマにしているのに、その付属文書に「戦時の軍用性奴隷制問題に関する報告書」と題して、半世紀以上前の日本の慰安婦問題を取り上げている。

 戸塚弁護士は、この時にもジュネーブで本岡昭次参議院議員(社会党→民主党)とともに、デモやロビー活動を行っている。

 報告書は、やはり吉田清治の本や、慰安婦たちの証言を取り上げている。その中で、北朝鮮在住の元慰安婦の証言として、



 仲間の一人が一日四十人もサービスするのはきついと苦情を言うと、ヤマモト中隊長は拷問したのち首を切り落とし、「肉を茹でて、食べさせろ」と命じた。
 などという話が紹介されている。この元慰安婦は、千九百二十年に生まれ、十三歳の時に一人の日本兵に拉致されたというのだが、千九百三十三年の朝鮮は平時であり、遊郭はあったが、軍専用の慰安所はなかった。その程度の事実確認もされていない証言が、四例紹介され、その上で日本政府に対し、被害者への補償、犯罪者の追及と処罰を勧告している。

 日本のジュネーブ外務省はこの文書に関する四十頁の反論を作成し、根回し工作をしたもようだ。西側諸国代表の間では、クマラスワミ報告書の欠陥が理解されたが、韓国、北朝鮮、中国、フィリピンなどの関係国は立場上、強く反発した。

 このような攻防の結果、人権委員会では家庭内暴力に関する本文は「賞賛する」という最高の評価を得た一方、慰安婦に関する部分は、take note (留意する)という最低の評価であった。[一、二百五十九頁]



■九、情報戦争からいかに国益と国際友好関係を守るか■

 平成十年八月、今度は、ゲイ・マクドゥーガル女史が、旧ユーゴスラビアなど戦時下における対女性暴力問題を調査した報告書を作成したが、その付属文書で、またも慰安婦問題を取り上げ、「レイプ・センターの責任者、利用者の逮捕」と「元慰安婦への法的賠償を履行する機関の設置」を日本政府に勧告した。

 慰安所は「レイプ・センター(強姦所)」と改称されている。しかし、これは人権小委員会の勧告としては採択されず、日本政府はマ女史の個人報告書に過ぎない、としている。

 本年八月には、米カリフォルニア州上下院が第二次大戦中に日本軍が行ったとされる戦争犯罪について、「日本政府はより明確に謝罪し、犠牲者に対する賠償を行うべきだ」とする決議を採択した。この「戦争犯罪」には、捕虜の強制労働、「南京虐殺」とならんで、「従軍慰安婦の強要」が含まれている。[七]
 カリフォルニア州議会の決議には、アイリス・チャンの「レイプ・オブ・ナンキン」の影響が指摘されている。チャンの本については、本講座六十号で紹介したように、中国政府の資金援助を受けたシナ系米人の団体が支援している。

JOG(六十) 南京事件の影に潜む中国の外交戦術



 南京事件と慰安婦問題は基本的に同じ構造をしている。チャンの本は、日米関係に対する楔であり、慰安婦は日韓友好への楔として仕掛けられた。これらの問題について、米国や韓国の対応を非難することは、友好関係を破壊しようとする狙いに乗ることになる。

 国家の安全を脅かすものは、テポドンや工作船のようなハードの武力だけではない。一国の国際的地位を貶め、友好国との関係に楔を打ち込むような情報戦争が、外国と国内勢力の結託により次々と仕掛けられている。こうした攻撃から、いかにわが国の国益と国際友好関係を守るか、ソフト面の自衛体制が不可欠となっている。



■ 参考 ■

一、「慰安婦の戦場の性」、秦郁彦、新潮選書、平成十一年六月

二、「闇に挑む!」、西岡力、徳間文庫、平成十年九月

三、「慰安婦強制連行はなかった」、太子堂経慰、展転社、平成十一年二月

四、「歴史教科書への疑問」、日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会編、展転社、平成九年十二月二十三日

五、「日本人が捏造したインドネシア慰安婦」、中嶋慎三郎、祖国と青年、平成八年十二月

六、「従軍慰安婦」、吉見義明、岩波新書、平成七年四月

七、産経新聞、平成十一年八月二十七日 東京朝刊 四頁 国際二面

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