pete townshend/scoop(1983)

ザ・フーというバンド、最初どうも良さが分かりにくかった。中高生の頃良く聞い
ていたNHK-FMの「サウンドストリート」とかで渋谷陽一が時々かけるのだが、どう
も歌ってるヴォーカリストは張り上げるばかりでリズムにバネに欠ける感じだし、
中途半端なハードロックという気がしていた。ピート・タウンシェンドがクラプト
ンの親友なのはクラプトン・フリークとしては基本知識だったけど。しかしあると
き、テレビで「カンボジア難民救済コンサート」というチャリティー・イベントが
放送された。ポール・マッカートニーとかクイーンなどのベテランから、プリテン
ダーズ、エルヴィス・コステロなど売りだし中のニューウェーヴ勢までが出演し、
映像の少ない時代だし、かなり貴重なライヴの数々に興奮したが、この中にザ・フ
ーの姿があった。たぶん79年とか80年だからキース・ムーンはすでに亡く、ケニー
・ジョーンズが叩いており、ロジャー・ダルトリーの髪も短く小奇麗にカットされ
ていた。そして御大ピートは髭姿も渋く、黒いシェクター製のテレキャスターをか
き鳴らす。景気のいい「ババ・オライリー」。中盤でピートが歌う。次に当時の
最新作からの「シスター・ディスコ」。これがなんかシンセなども入ったちょっと
プログレな曲だが、途中でまたもピートのヴォーカル・パートが入る。この少しだけ
歌うピートの歌にどうもやられてしまったようなのである。彼の声ってクールな感
じのハイトーンで節回しも実にセンスよく、なんでこの人がメインで歌わないのか
不思議な気がしたものだ。

このアルバム「Scoop」はピートのアナログでは2枚組のデモテープ集。さっきの
TV番組以来のザ・フー、いやピートの歌の隠れファン(いや、もちろん本体も大好
きですよ)で、その後「Empty Glass」とか「Chinese Eyes」といった彼の
ソロを愛聴していた私としてはかなり楽しみにしていたアルバムだった。ザ・フー
の曲のデモ・ヴァージョンなんかもいくつか収められているけど、歌唱の面でいく
と私はやはりこちらの方が好み。"Bargain"、"Love Reign O'er Me"なんかは
ダイナミックさではロジャーのヴァージョンに譲るものの、繊細な歌い方で単純に
曲の良さが堪能できる。名曲"Behind Blue Eyes"なんかは弾き語りだが本当に
心に残るすばらしい出来。他にも60年代からパーソナル・レコーディングに感心を
持って色々な実験を繰り返してきたピートの音楽への愛情が見える、すごく良い
トラックがめじろ押しで、トッド・ラングレンの「Something/Anything」
なんかに通じるところもたくさんあるように思う。20何年かの幅のある年代
からの選曲で、すごいポップなものからジャズっぽいインストからシンセの実験
みたいなへんてこりんなのまで音楽性も雑多、音質なんかもピンからキリまである
のに、アルバムとしての流れや統一感が非常に良くて、「いいねー」とか言いなが
ら聴いてると、あっという間に最後までいってしまうのだな、これが。ピート自身
による解説(この人も自分の曲解説するの好きな人だよねー)もまた楽しく、これ
を読みながら聴いていると曲を作りたい衝動、というか録音したい衝動がふつ
ふつと沸いてくる。そう思った人たくさんいたのではないかな。なのでこれから
曲を作って家でMTRとか買って録音してみようと思う人には必聴と言っておきましょ
う。

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