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勝負を挑むとしても、私は後手に回らなければならない。
犯人が見えない以上それは仕方の無い事だが、ターゲットが私である以上、対策は練り
易い。全てのものに警戒すればいいだけの事だ、奴を倒すまで・・・。
それに、奴の今までの攻撃方法を考えてみると、人数の多い少ないに関係なく、ある種
の閉鎖的空間で行っているという事だ。取調室は元より、教室だったり、診察室だったり、
オープンな場ではなく、人数が限定される空間で攻撃されるという事に気を付けていれば、
何の事はない。それが奴の攻撃範囲を示している。
つまり雑踏の中にいるときは、警戒する必要はないわけである。相手の能力からして、
こういった場での能力使用は、気を散らせるだけの事になる。その場にいる限りは安全だ
と思っていい。
仕事柄こういった個室にいるケースが多いが、そこで気を張っていれば済むことだ。状
況から察して相手もそれなりに必死であることは解るし、第一私に接触する回数が多すぎ
た。犯人を特定できるのも時間の問題になりつつある。時間が経てば経つほど、こちらが
有利になる。
敵のことを考えつつ、診察もこなさなくてはいけない。患者が敵というケースも考えら
れるので、それを警戒しつつ診察をする。
なに、大丈夫だ、私ならできる。一人一人を、いつもより注意深く診察していけばいい
だけだ。
不思議とそんな時は、初めて診察に立った時の事を思い出す。私も初々しい時期があっ
たわけだ。医師としての、無言の期待を重く感じたあの時、敵の攻撃を警戒しているのに、
余裕ともとれる精神状態なのはいい傾向かもしれない。適度の緊張感、それが今の私を支
配している。
診察室の窓をあけ、五月の気持ちのいい風を送り込む。夏を迎えようとしているのに、
少し肌寒い風は、まるでこれからの事を予感させる。
「午後の診察始めますよ」
看護婦の椎名が、私に急かすように告げる。
「うん、解った」
窓を閉め、次の患者のカルテに目を通す。ああ、あの時の患者だと思う、いつだったか、
そう私が初めて診察し、そして、天寿をまっとうした患者だ。
「佐々木さん、どうぞ」
椎名の呼び出しと共に佐々木さんが現れた。
「やぁ、皆月先生、まだ生きてるんですか?」
相変わらずの嫌みな挨拶である。
「まだ三十時前なんですよ、当たり前じゃないですか」
あの時と同じように私は返した。
佐々木さんは本当にあの頃と変わらず元気な様子を見せてる。
「で、今日は何ですか?」
カルテに書き込む用意をして一瞥すると、さっきとはうって変わり様子がおかしい。
「どうしました?」
「・・・・・」
私を一度見て、
「いやぁ、今日は返してもらおうと思って」
返す?、何を?
「決まっているじゃないですか、あなたに貸したものですよ」
「私が何か借りてますか?」
「ええ、」
変な事を言う、私はこの患者からは何も借りてはいないはずだ。
「そうでしたっけ?」
「ははは、面白い事を言う、あんなに大事なのを貸しているのに忘れてしまっているなん
て」
「・・・すいません」
「いえいえ、返してくれればかまいませんよ」
しかし何を返せばいいんだろう、皆目見当がつかない。
「なら、お教えしますよ」
「私の命です」
−つづく。−
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