私の声 97/04/25
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月14日

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1997年 4月 25日 (金)
「脳死は死」 臓器移植法案成立の意味するもの

昨日衆院で、脳死を死とする臓器移植法案が通過しました。 「脳死を死とする」という条件は、救急医、移植医双方の「医事紛争を避けたい」という要望を満たすものです。

もともと、現代医療が信用されているならば、「脳死を死とする」条件などいらないのです。 ドナーとその家族と医者との信頼関係があれば、そんな法律などなくても本来臓器移植は可能なのです。

なぜ、その条件を救急医や移植医は求めたのでしょう。 これは、彼らが「現代医療に対する患者の不信」を認めていることの裏返しです。 彼らは、「医療不信」をそのままにして、臓器移植を進める論理を欲し、それを得たのです。

肝炎のドナーの腎臓を移植して、肝炎までレシピエントに移してしまった東京女子医大の事件 を覚えているでしょうか? 世の中、 臓器移植をしたくて、うずうずしている医者は多そうです。 そんな医者に騙されて、ドナーになったり、レシピエントになったりして、不幸にならないことを祈ります。

「脳死です」と言われ、ドナーになることを勧められても、安易に同意してはいけません。 一生後悔することになりますよ。

「脳死です」と言われたら、「回復する可能性は0ですか?」と尋ねてみましょう。 「まず、ありません」と言われたら、「可能性が全くないわけではないのですね?」と切り返しましょう。 「全くありません」と言われても、 「脳低温療法 (または低体温療法)を受けたい」 「利害関係のない第3者の見解(いわゆるセカンドオピニオン)を得たい」 と、希望を伝えましょう。

それらの希望がかなえられ、やはり回復不能と自分を納得させることができても、ドナーになることに同意するのは、まだ早い。 臓器を生かすことができなければ、ドナーになる意味はないのです。 そこで、移植医の経験を聞きましょう。 「どのような方が、移植手術をなさるのですか? その方の手術成績を教えてください」と。

「(ドナーになることを)今すぐ、決断してください」と言われ、焦って決めると一生後悔します。 決断をせかすのは、臓器が弱らないうちに移植手術を行って手術成績をよくするためであり、(ドナー側の)患者のためではないからです。 死ぬまで(死んでも)、臓器はその人の物です。 医者に決定権はありません。 納得するまで、医者と話し合ってください。

医者は、「絶対成功させなければならない」というプレッシャーの下で法案可決後の最初の移植手術を行うわけです。 私がその医者なら、

といったことをするかもしれません。

東京女子医大小柳教授が、4月24日TBS ニュース23で語った臓器移植推進論理が 「(日本初の心臓移植手術から)30年間無駄な時を過ごしてしまった。 今、臓器移植をやれるようにしないと、臓器移植ができる医者が日本にいなくなってしまう。」 という、「患者不在の医者の論理」であったことを忘れないようにしようと思います。 30年間の封印を解かれ、移植手術をやりたくてしょうがない外科医が、ゾンビのようによみがえるのです。

臓器移植が始まる頃はまだよいかもしれません。 とにかく、注目されますから、限られた病院で、慎重にことを運ぶでしょう。 問題は、3年くらいあとでしょうか。 我も我もと、いろいろな病院や医者が臓器移植を始める日がやってくるでしょう。 そのとき、患者の人権が守られるか、とても心配です。

海外での移植手術は高額だといいますが、日本で行うと安くなるのでしょうか? とてもそうは思えません。 さらに、「移植手術の経験が豊富」で、「患者の人権が確立」されている海外で移植手術を受ける方が、患者としては賢い選択ではないでしょうか。


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