私の声 97/02/16
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月14日

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1997年 2月 16日 (日)
医療被害者の心の傷を癒すもの

最近、NHKが「文化庁芸術祭優秀賞受賞作」を再放送しているので、よく見ています。 考えさせられる作品が多いですよ。 今日は、「ジャーニー・オブ・ホープ」という作品を放送していました。 この作品は、死刑囚の家族と被害者の遺族が、死刑反対をキャンペーンする2週間にわたる旅を題材としたドキュメンタリーです(舞台はアメリカ)。

死刑について賛成する人、反対する人、いろいろな考え方があります。 「強盗に遭い、妻を殺害され、さらに妻の殺人の冤罪を着せられた」男性は、悩んだ末に、「犯人(まだ捕まっていない)を赦すことはできない。 しかし、殺人犯を死刑にすることは、もう一つの殺人を犯すことであり、それによって自分の心を癒すことはできない。 殺人犯には、被害者や被害者の遺族のことを考えることで罪を償ってほしい」という結論に達したようでした(こんな数行で語り尽くすことはできないのですが)。

また、別の女性は、監獄に入っている犯人と会って話をすることで、娘を失った心の傷が癒されたと言ってました。

さて、私は今、父の医療過誤を裁判に訴える準備をしています。 が、そこで父の主治医本人を訴えるかどうか、迷っています。 裁判を起こす理由は、いくつかあります。 「父が亡くなった真相を知りたい」とか「父が受けた手術の危険性を訴え、世間の注意を喚起したい」とか。 これだけならば、主治医本人を訴える理由にはなりません。

それではなぜ、主治医を訴えるか迷っているかというと、「主治医を赦せない」からです。 父が亡くなっても、主治医からは謝罪の言葉はなく、お悔やみの言葉すらありません。 示談を申し込んだのですが、それに対して「嘘だらけ」の回答書が一通届いただけです。 私たち遺族の心の傷は癒されないまま時間が過ぎるばかりです。

主治医が心の底から詫びてくれれば、どんなにか心の傷が癒されることだろう、と思います。 主治医を赦しさえするかもしれない。 訴訟など起こさないかもしれない。 止まった時計を動かすことができるかもしれない。

なぜ、医者は謝ってくれないのでしょうか? なぜ、医者は嘘をついてまで、医療過誤をなかったことにするのでしょうか?


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