医療過誤裁判 私の場合 原告 長男 陳述書 16
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月14日

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1999年 11月 11日
甲第 25号証 原告 長男 陳述書 16

16. K医師からの診療報酬明細書の説明 (1995年7月13日(木))

11:00、診療報酬明細書を手渡すというので、母と私が半田病院で K医師と面会しました。

K医師は、 「健保点数の詳細資料を郵送すると、公文書になってしまう。 公文書とするには、院長の許可が必要となる。 そこで、説明資料として手渡します」 と言い、資料に「説明資料 外科 K」と書き入れました。 私が 「日付を入れてください」 と言うと、 K医師は資料に「平成7年7月13日」と書き入れました。 それから以下のようなやりとりがなされました。

私「手術名が『肝切除術 (部分切除) 超音波メス 17,400 x 1』となっているが、腹腔鏡による手術なのではないですか? 腹腔鏡による手術は、健保の対象外ではないのですか?」
K「県と相談して、肝切除術で請求することにした。 腹腔鏡下でも、肝切除術にはかわりない」
私「腹腔鏡による手術の費用は、どうなるのか?」
K「健保には、肝切除術として請求する」

1994年秋、兵庫医科大学が、腹腔鏡下大腸癌手術において、途中から開腹手術に切り替えたケースで、開腹手術として保険申請し、厚生省に発覚して処罰されたという事件ありました。 また、厚生省から都道府県に配布された資料「腹腔鏡下手術に係る診療報酬の取扱いについて 保険発第54号 平成7年3月31日」では、肝癌に対する腹腔鏡の適用は認められていません。

後日、愛知県に半田病院から腹腔鏡下肝切除術の保険請求について問い合わせがあったか照会したところ、そのような照会はなかったとの回答がありました。

私「父の死について、院長と話をしましたか?」
K「院長に報告した」
私「院長は、何と言っていましたか?」
K「院長に聞いてください」
私「カルテを入手することについて、院長と相談していただけましたか?」
K「カルテは、ふつう渡しません」
私「どうすれば、渡してくれますか?」
K「院長と相談してください」
私「病院の対応策については?」
K「(怒ったように) それも院長と相談してください」
母「手術しなかったら、どのくらい生きたのでしょうか?」
K「無治療の場合は、半年から1年。 内科治療の場合は、2年から3年」
私「手術に成功した場合は?」
K「5年生存率は、30%くらいです」
母「それならば、手術しても3年くらいだったんですね」
私「手術を受けることは、なかった……」

母「手術前に ( K)先生と話したかった。 手術の 2〜3日前に ( K) 先生と会ったとき、 (私を) 変な女だと思ったでしょう?」
K「そんなことありません」
母「主人は、手術前、( K) 先生に特別何か言っていたでしょうか?」
K「特になかったです」
母「看護婦が主人を手術室に連れていったとき、私が『お父さん頑張ってね。 戻ってきてね』と声を掛けたら、主人が、『おまえも……』と言ったが、最後の一言が聞き取れなかった。 そのとき付添いの看護婦研修生の Yさんが『お任せください』と言った。 Yさんから、最後の言葉を聞きたい。 聞けるでしょうか?」
K「探してみます」
母「主人の死によって、先生の改善、病院の改善を期待できるでしょうか?」
K「肝硬変の肝がん手術は難しい」
母「先生、有名な先生になってください。 名医になってください。 主人の死を無駄にしないでください」
K「……(無言)。 術後の予測ができないことがある」
母「三郎が定年になり、悠々自適の生活になるのを長い間待っていたのに。 定年後 3年は、短かった」
私「今すぐ改善できることがある。 それは、手術前に患者とその家族に十分に説明することです。 コミットできますか?」
K「お話を十分にして、ということは考えています」
私「腹腔鏡による肝がん手術が、健保の対象外であることを先生は言いませんでしたね?」
K「(無言)」

母と私は、Y さんとコンタクトを取れないか、2F外科フロアのナースステーションへ行きました。 2F(外科)/5F 担当の W看護婦長が対応してくれました。

私「6/15、●●●●の手術に立ち会った看護学生の Y さんと連絡を取りたいのですが?」
W「どのようなことを知りたいのでしょうか?」
久子「主人が最後に話した一言を Yさんが聞いていたら、教えていただきたいと思いまして」
W「2Fの病室に戻ってきてすぐ亡くなった方ですか?」
私「いいえ、肝臓がんの手術直後ICUで亡くなりました。 ●●●●です」
W「ああ、●●さんですね。 Yさん、かなりショックを受けていたようでした。 連絡を取ってみます」
母「手術前、主人とゆっくり話ができなかった。 11:00ごろ、病室に入れてもらえなかった。 今自由に出入りできるのは、なぜ? あのときは、午後から手術だからと言っても、2度止められた。 ナースステーションの婦長にその看護婦が聞いていたが、それでも入れてもらえなかった」
W「当日手術の家族は、病室に入れるように指導しているのですが」
私「いくら指導しても、徹底されていなければ、何もしなかったのと同じ。 半田病院は、こんなにいい入れ物を作っても、中に入っている人の中身も良くしないと、入れ物を良くするだけ無駄。 私は先生の手術の説明と重なって、父を見送ることができなかった。 最後になるかもしれないのだから、実際うちの場合最後になったのだから、もっと家族に配慮して欲しい」
W「先生によっては、患者さんとよく話をする方もいますし、手術前の短い時間に説明を済ませる方もいます」

1995/7/15(土)、 Y さんから電話があったと、母から聞きました。 母が 「手術室に入る前、主人が『おまえも……』と、何を言ったか覚えていたら、教えてほしい」 と尋ねたところ、 Yさんは 「私も興奮していたので、何を言ったか覚えていない。 私は、手術に1〜2時間しか付き添っていないので、何も知りません」 としか答えてくれなかったそうです。

続く


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