医療過誤裁判 私の場合 原告 長男 陳述書 14
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月14日

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1999年 11月 11日
甲第 25号証 原告 長男 陳述書 14

14. 手術への疑問

変わり果てた姿となった父と帰宅し、客間に寝かせました。 からだはあたたかく、うっすらと汗ばみ、ぐっすり眠っているかのようでした。 しかし、父としんみりお別れする時間をとることは叶わず、葬儀の施主となった私は、準備に奔走することになります。 中でも辛かったのは、親類や父の友人に父の死を告げる役です。 私は、それまで人前で泣いたことはありませんでした。 しかし、人目をはばからず、おいおい泣きながら電話で父の死を報告していました。 それ以来、涙腺がゆるんでしまったようで、今でも悲しい話、感動する話に触れると、涙があふれるようになってしまいました。

母は、 「お父さんの死に納得できない。 K医師を責める気持ちを抑え切れない。 最初の手術のときに、止血してくれれば。 お通夜に、謝罪しに来てくれないだろうか。 来てくれるかな」 と言っていました。 しかし K医師は、通夜にも、告別式にも姿を見せませんでした。

湯灌のとき、父の体を見ました。 腹腔鏡用の穴の跡は、4カ所あり、×印に縫ってありました。 臍の下に1ヵ所、左肋骨わきに 2ヵ所 (患部の反対側)、右肋骨わきに 1ヵ所 (患部に近い部分)です。 開腹跡は、意外と長く、みぞおちから右肋骨沿いに背中にまで達していました。 妹の夫に、父の写真を2枚撮影してもらいました。

父の死に納得できなかった私は、友人に紹介してもらった消化器外科医に電話で、父の手術経過を詳しく説明しました。 すると、その外科医は 「腹腔鏡下肝臓癌切除術は、健康保険で認められていない。 すなわち、一般治療ではないのです。 事前に説明はなかったのですか?」 と言いました。 私は、 「ありませんでした」 と答えてから、カーっと体が熱くなるのを感じました。

さらにその外科医は、 「術後、ジュクジュクと1リットル〜2リットル出血することはある。 残存肝機能の術前評価を行なったのか疑問です」 と、とても熱心に、多少興奮気味に話してくれました。

私の別の友人から電話で連絡があり、彼の知り合いの医師から聞いた話をしてくれました。

私は、肝臓癌の腹腔鏡手術が危険な手術であったと知り、とてもショックを受けました。 私は、このことを母に伝えると母の嘆きを加速するだけと考え、知らせませんでした (私は、95/6/27 K医師に会ったあと、母に肝臓癌の腹腔鏡手術が健康保険の対象外であったことを伝えました)。

続く


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