医療過誤裁判 私の場合 原告 長男 陳述書 9
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月14日

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1999年 11月 11日
甲第 25号証 原告 長男 陳述書 9

9. 手術終了後の説明 (手術2日目 1995年6月16日(金))

1:45、妹を送って病院に戻ると、手術室から看護婦さんたちが出てくるのが見えました。 12時間を超える手術が、やっと終了したのです。 母と私の妻が K医師からの説明を聞きにいったところだ、と聞き、急いで部屋の中に入りました。 K医師と私たちのやりとりは以下のとおりです。

K「患部は右の脇腹で、患部に脂肪がかかっていたり、腸がおおいかぶさって患部が見えなかったり、肝臓が硬かったりして、手術がやりにくかったです。 出血のため、腹腔鏡による視野が確保できなくなり、手術途中、開腹しました。 患部の切断面を縫ったり、止血剤を使って止血しましたが、血を抜く管から血が止まりませんでした。 そこで麻酔から覚める前に再開腹しました。 血管からの出血ではなく、肝切断面からじわじわと血が滲み出てくる。 ウージングといいます。 血が止まらないのは、血小板不足、凝固因子不足、出血もあって……。 断面部をガーゼで圧迫し、止血を試みている状態です。 また、生血を5人分用意しており、生血を輸血することによって血小板を増やして止血を試みている。 今 1人目の生血を入れたところ。 あと4人分は検査中です」

私「血は、もっと必要になりますか?」
K「あと4人分あるので、今晩は大丈夫です」
私「手術中、生血以外の血をどのくらい輸血したのですか?」
K「生血以外は、1,600ml 輸血しました」
私「途中で開腹したということですが、手術を開始してから、どのくらい経ってから開腹したのですか?」
K「3時間くらい後です」
私「(せいぜい 1時間後くらいを予想していたので) えっ、それは麻酔をかけてから 3時間後ということですか?」
K「手術の開始は、執刀をもって開始とします」
私「腹腔鏡の穴を開けてから3時間後に開腹したのですか?」
K「そうです」
私「具体的に、開腹したのは、何時ですか?」
K「正確な時刻はわかりません」
私「血小板不足ということですが、それは手術前の血液検査でわかるでしょう。 その検査の結果はどうだったんですか?」
K「悪くなかったです」
私「腹腔鏡の手術で、出血が多かったのではないですか?」
K「大量に出血したというわけではありません」
K「今は、のどの管を呼吸器につなげていて、鎮静剤を打って意識のない状態です。 血圧は低めで、上が70。 肝臓はかなり硬く、できあがった肝硬変でした。 癌は、2cm の余裕をもって取った。 出血が止まらないと……。」
母「主人の出身は山形と遠いのですが、親戚に連絡した方がよろしいですか?」
K「呼んで下さい」
私「山はいつですか?」
K「今晩です」
私「今晩というのは、いつですか? 今日の夜ですか? 朝ですか?」
K「今晩です」
私「今ですか?」
K「そうです」
私「今、危篤状態ということですか?」
K「危篤です」
私「なんとかして血を止められませんか?」
K「断面を何十針と縫いました。 圧迫以外に止血方法はないです。 あと、生血の輸血です」

2:00、ICUにいる父に3人で面会させてもらいました。 父は、薄目を開け、呼吸器で息をしている状態でした。 からだは白く、軟らかく、ぐったりしており、生気のない状態でした。 腕に触ると、ぬくもりが感じられました。 鼻の下に鼻血の跡がありました。 母と妻は、シクシク、涙を流していました。 母が「お父さん!」と声をかけても、反応はありませんでした。 私の分の献血バッグが空のままぶら下がっている状態でした。 あと4人分の血液は検査中とのことで、まだ輸血されていませんでした。

ICU控え室に戻り、白々と夜が明けていく中をただ、待っていました。 私は2、3度、うつらうつらしましたが、母は一睡もできなかったようでした。

4:30、背の高い(175cmくらいの)若い医師 (6/15 19:00の医師とは声が違うようだったので、別人だと思います)から、さらに4人分の献血要請がありました。 看護婦から渡された血液検査結果を元に、深夜に集まってくれた人たちから6人を選び、電話で連絡し、早朝の非礼を詫び、献血の協力を依頼しました。

7:00、さらに献血者を募ったところ、15人ほど集まってくれ、血液検査のための採血を10:00ごろまで行ないました。 夜勤の看護婦が少なく、採血してくれる人が1人しかいない状態でしたので、私が献血者へ検査のための問診票を渡したり、検査用に採血した試験管にレーベルを貼ったりして手伝いました。 8:30ごろになると、普段事務しかやったことのないような中年の男性が手伝いにやってきました。 彼は看護婦から「課長さん」と呼ばれていました。

続く


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