医療過誤裁判 私の場合 原告 妻 陳述書 7
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月14日

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1999年 11月 10日
甲第 26号証 原告 妻 陳述書 7

7. 翌日、再度止血手術 (1995年 6月 16日)

16日午前 8時頃、再々開腹のお話が K医師からあり 「止血法を試みたいと思います」 と言われました。 これでは止血できなかったのを開腹するのだから、主人は万分の一かの生きる望みよりなくなったと思いました。 手術に必要な血をまた 5人分お願いした方たちを呼び出していただきました。 皆さん、 「●●さんに役立てていただけるなら」 と言っていただけました。

手術が終わった時点での K医師からのお話では、 「これで止血できました」 と説明してくれました。 「どういうふうで止血できましたか」 と尋ねたら、 「毛細血管であるべきところに、バイパスができていたのが切れていたので止血しました」 とのことでした。 「一度目、二度目の開腹のときに止血していただけたらよかったのに、と思います」 と私は言いました。 先生は黙ったままで返事をなさらなかったのですが、その様子で先生が一番御自分の失敗を知っていると思い、そしることは止めようと思いました。 私に親切にしてくれた友人の息子さん (医師) が医療ミスで自殺なさっており、その友人の悲しみを知っていたからです。

16日夜 7時頃、面会時間中に集中治療室で覚醒した主人に逢いました。 「痛いの?」 と聞きましたら、頭を横に振って 「イヤ」 と言うように応えました。 息子が 「お父さんの血圧が上がったよ」 と言うので体に障らないようにと 「廊下で待っているから、頑張ってね」 と言いましたら、一生懸命口を動かしましたが、人工呼吸器のため口がきけません。 右手を動かして何か伝えたい風でした。 それもできないと分かると目で天井に丸を視線で 2度描き、横に頭を 2度振ってもう一度私の顔を見つめながら繰り返しました。 「駄目だ」 という意志表示だったと思います。 自分の状態を知らせたかったのか、傍に居て欲しかったか、どちらかだと思います。 でも、覚醒できたことで希望が増したとそのとき思いましたので、体に障らないように願い、傍を離れました。 顔の血色がよみがえっているので、 「大丈夫。 助かって欲しい」 と思いました。

それなのに、夜中の電話で 「容体が変わりましたので来てください」 と言われた時は、冷や水を頭からかぶせられたようにゾーっとしました。

続く


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