医療過誤裁判 私の場合 原告 妻 陳述書 5
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月14日

医者にメス 私の場合 インデックス 前ページ 次ページ

1999年 11月 10日
甲第 26号証 原告 妻 陳述書 5

5. 手術当日 (1995年 6月 15日)

6月15日(木)、私は子供たちと 10:45頃半田病院に自動車で到着しました。 私だけ病院の玄関前でおろしてもらい、主人の病室に入ろうとしましたが、面会時間でないことを理由に、看護婦に止められました。 私は手術前であることを説明するが、やはり許されませんでした。 私が看護婦のスキを狙って再度入ろうとしましたが、再度止めらました。 合計 3回止められました。 看護婦はナースセンターにはいり、看護長らしき看護婦に確認していたが、入室は許されませんでした。

あとから来た子供たちとデイルームで待っていると、11:15頃主人が廊下で手招きしているのが見え、私たちは病室に入ることができました。

主人が私に 「手術承諾書に押印したか?」 と尋ねるので、私は 「手術承諾書に承諾者の名前は記入したけど、まだ、『別紙による』と書かれている説明を受けていない。 押印していないけど、説明を受けた後、その場で判を押してあげるからいいでしょ」 と答えました。 すると主人は 「 Yさんがさっきから受け取りに来てる。 さっさと、ハンコを押して、置いてこい」 と怒ったように言いました。 私は「主人はすっきりした気持ちで手術に臨みたいのだろう。 私の不安を知らせると、主人も辛いだろうと思い、私の心配は時間が過ぎれば笑い話になるだろう」 と心の中で自分に言い聞かせ、手術承諾書に押印し、ナースステーションに持っていきました。

手術承諾書を届けて戻ってくると、主人はみんなの前で 「今夜は半田の街の焼き鳥屋で肝臓がでるぞ。 固くて噛み切れないだろうな。 ハ、ハ、ハ、ハ」 と明るく笑ったのです。 入り口のベッドの方に付き添っていた奥さんらしい方が 「退院ですか?」 と聞いたほどの明るさでした。 「いえ、これから手術です」 と、騒がせたことを詫びるつもりで頭を下げました。 主人はさらに 「腫瘍であろうと癌であろうと、私は平常心で行きます。 看護婦さん何が起ころうと、あなたも平常心でね」 と言っていました。 主人の言葉は、間接的に私に向けられたものだと感じました。 主人が私たちに看護婦研修生の Yさんを紹介すると、 Yさんは 「手術には私がずっと付き添います。 お任せ下さい」 と私たちに挨拶しました。

私たちは、 K医師からの説明を待っていたのですが、12:30頃 「手術室に行く準備をしますから出てください」 とカーテンを閉められ、外に出されました。 そのとき別の看護婦がやってきて 「 K医師から説明がある」 との呼び出しがありました。 急いで、廊下を歩き出したところ、 「患者さんを手術室に移動させるので付添1名ついてください」 と突然看護婦に言われました。 驚いて振り向くと、主人のベッドが音を立てて私たちを追いかけるようにやってきました。 私は K医師からの説明を聞きたかったのですが、息子たちに任せ、私が主人に付き添うことにしました。

ベッドを看護婦が引っ張って行き、私はベッドの手すりにつかまって進みましたが、スピードが速く、つんのめるようにして、エレベータの中に入りました。 エレベータで2Fから4Fの手術室にあがる間、ベッドの足元に輸血用の血液が 2パック乗ってたのに気がついて私は看護婦に 「輸血が必要ですか?」 と看護婦さんの顔を見ましたら、 「必要ありません」 と切り口上できっぱり言われました。 と同時にエレベータの扉が開き、ガラガラとベッドを4、5歩押したら 「奥さんはここまで!!」 と言われ、ビックリして立ち止まり、ベッドから手を離して見上げるとそこはもう手術室でした。 サッと手術室の扉が開き、ベッドは一層大きな音をガラガラ立てて走るように入っていきます。 私は 「お父さん頑張ってね。 戻ってきてね」 と大声で叫びました。 主人は 「おまえも……」 と言いましたが、ベッドが止まってくれませんでしたので、最後の部分は聞きとれませんでした。 これが私が聞いた主人の最期の声になったのです。

続く


医者にメス 私の場合 インデックス 前ページ 次ページ