医療過誤裁判 私の場合 原告 妻 陳述書 3
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月10日

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1999年 11月 10日
甲第 26号証 原告 妻 陳述書 3

3. 癌告知 (1995年 6月 1日)

6月 1日、 H医師から主人の肝癌を告知されたことは、とてもショックでした。 主人の前で説明を受けたので、 H医師から突っ込んだ話を聞くわけにもいかず、そういう配慮が欠けていると思いました。 息子が H医師にいろいろ質問し、主人と私は H医師の説明を聞いていました。 主人はただひとつ 「手術がベストというのは、先生の個人の判断ですか? それとも病院の先生方が集まって検討した結果ですか?」 という質問を発しました。 それに対して H医師は、 「総意です」 と答えたのを覚えています。

私は、手術を恐ろしいと感じました。 その場で手術の方向に安直に結論を出したくなかったので、 「娘もいるので、治療方法については、今結論を出すのではなく、家族で話し合って決めることにしたい」 と申し入れました。 すると、 H医師は 「わかりました」 と答えました。 それなのに、 H医師が外科医である K医師に主人を紹介し、手術へのレールを引いたのはひどいと思います。

私は、ほとんど毎日、面会が許される夕方、半田病院に通い、主人の身の回りの世話をしました。 H医師は夕方よく顔を出して主人の様子を診てくれました。

息子から 「外科医の話を聞きたい」 と言われていましたので、息子の大阪出張の前日である 6月 6日(火)に外科医の都合をつけてもらえるよう、主人に頼みました。

ところが 6月 5日(月)の夕方、 H医師から 「明日、 K医師は手術があるので会えませんよ」 と言われました。 それでも手術が終わってから会えるかもしれないと、6月 6日(火)の夕方、息子と半田病院に行き主人の病室で、面会終了時刻の 20:00 まで待ちましたが、 K医師は現れませんでした。 私は主人に 「みんなで相談して決めないといけないね」 と言うと、主人は私に 「頼んだ」 と言いました。 私は 「返事をしたの?」 と聞くと、 「返事をした」 と答えました。 主人は、健康で肝炎以外病院にかかったことがありません。 おとなしい性格なので、 K医師から手術を勧められたとき、何も言えなかったのだと思います。 私たちと一緒に手術すべきかどうか考えることができたら、結果は違っていたでしょう。

続く


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