最終更新日: 2002年09月16日、
アクセスした日: 05月18日
1999年 4月 8日
乙第28号証 被告医師 陳述書
被告医師主尋問を前にして、被告側は、被告医師の陳述書を提出しました。
陳述書
●●● ●
(1951年 ●月 ●●日生)
I 医師としての経歴
-
| 1976年 3月 | ●●●大学医学部卒業 |
| 1976年 6月 | 医師免許取得 (医籍登録) |
| 1976年 6月 〜 1978年 5月 | 中央鉄道病院勤務 |
| 1978年 6月 〜 1981年 5月 | 国立がんセンター勤務 |
| 1981年 6月 〜 1985年 8月 | 亀田総合病院勤務 |
| 1985年 9月 〜 1988年 6月 | ●●●大学医学部 第 1外科医員 |
| 1988年 7月 〜 1989年 7月 | 愛知県立尾張病院勤務 |
| 1989年 8月 〜 現在 | 半田市立半田病院勤務 (外科部長) |
- 私の専門は外科であるが、消化器外科、特に肝臓、胆臓、すい臓の外科を専門にしている。
- 肝切除の術者としての経験症例は 50例を下ることはない。
腹腔鏡下の手術の術者としての経験は 100例である。
腹腔鏡下の肝切除術は●●殿が 2例目である。
1例目については後述のとおりである。
II 診療経過
●●●●殿の診療経過を述べる。
- 内科における経過の概略
- ●●殿は胃潰瘍、C型慢性肝炎、肝硬変、食道静脈瘤などの病気で半田病院内科で診療を受けていたが、1995年 3月 2日実施の腹部超音波検査と同年 4月 6日実施の腹部 CT 検査で肝の S6 区域 (部位については 甲第8号証 1,661頁 図1 参照) の肝細胞癌の疑いが出て、同年 5月 15日腹部血管造影など精査の目的で内科入院となった。
(以上 乙第10号証 1〜4頁、32〜34頁、37頁、乙第11号証 1、2頁 参照)
- 内科入院後実施された 2回にわたる腹部血管造影検査や腹部超音波検査の結果、肝の S6 の部位に限局した直径 2.1cm の大きさの肝細胞癌と診断された。
1995年 5月 25日には、●●殿本人と妻に対し内科の●●●●医師から、右の肝細胞癌の診断結果が告げられ、放っておくと増大、転移の可能性もあるので、手術が一番よいと考えられることなどが説明された。
(以上 乙第11号証 16頁、23-2頁、24頁、30頁 参照)
- 1995年 6月 6日、●●医師から外科の私に手術を前提に診察の依頼があり、私は外科外来にて●●殿を診察し、内科での診療録、検査記録を検討した上で、同年 6月 15日に腹腔鏡下の肝切除術を行うこととし、これを●●殿に説明して、手術の同意を得た上で、内科の●●医師にも報告した。
腹腔鏡下の肝切除について、私は、●●殿に対し、肝臓の切除は普通開腹して行うが、●●殿の場合腫瘍が肝の S6 の部位の辺縁にあるから腹腔鏡下での手術が行える可能性があること、腹腔鏡下の手術の利点としては、小さな創ですむので術後の疼痛が少なく、早期離床が可能であること、筋肉を切らないため術後の呼吸が楽であること、また、術後の運動機能の低下が少ないことなどを話し、欠点としては、開腹手術にくらべ手術視野が劣ること、鉗子を使って行う手術のため手術手技がより難しくなるため必ずできるとは限らないこと、もし手術が困難となったときは、途中で開腹術に変更することは可能であることを説明して、まずは腹腔鏡下で手術を行うことを勧めた。
●●殿は私の説明に対し、これという質問もなく同意された。
同年 6月 12日、●●殿は肝切除術を受けるため外科へ転科入院となった。
(以上 乙第11号証 26-1、26-2頁、27頁、乙第14号証 5頁、6-1頁 参照)
- 私が●●殿の肝細胞癌の治療法として腹腔鏡下の肝切除術を選択したのは以下の理由からである。
- ●●殿の術前の肝機能であるが、プロトロンビン時間は 1995年 5月 15日の測定では、正常値が 80〜120% に対し 72% (乙第11号証 33-10頁)、同年 5月 17日測定の ICG-R15 (ICG-15分値) は正常が 5〜10% であるのに対し 25% (乙第11号証 33-5頁)、同年 5月 29日採血の生化学検査では、総ビリルビンは正常が 0.3〜1.2ml/dl に対し 1.4ml/dl とやや高く、アルブミンは正常 3.4〜5.0g/dl に対し 3.2g/dl とやや低く、コリンエステラーゼは正常 0.75〜1.10Δ/PH に対し 0.35 Δ/PH と低かった (乙第11号証 32-2頁)。
これらの検査値は肝機能が中等度低下していることを示す。
しかし、●●殿の場合、肝全体の 8分の 1程度を切除する亜区域切除術ですむので、一般的な手術適応基準に照らしても手術は可能であると私は判断した (乙第27号証 715頁 表V-88、乙第4号証 304頁 図1 参照)。
- 肝切除術以外の肝動脈塞栓療法 (TAE)、エタノール注入法 (PEIT) や内視鏡下マイクロ凝固壊死療法を選択しなかった理由を述べる。
- TAEについて
TAEは根治的な治療法ではなく、肝切除術の適応がないときに行う治療法である。
●●殿の場合は、前述のように、肝切除術の適応があると判断していたので、TAEは選択しなかった。
- PEITについて
PEITは 2cm以下の小肝癌に対して行われている治療法で、●●殿の場合適応が認められないし、また、そもそも肝癌の治療成績の点で肝切除術の方が圧倒的に優れていることが厚生省坂本研究班のデータなど (乙第3、4号証) で明らかだったので、考慮しなかった。
- 内視鏡マイクロ波凝固壊死療法について
内視鏡マイクロ波壊死凝固療法は 3cm 以下の肝癌に対する治療として最近行われるようになってきているが、この治療法が実施されている施設は数カ所の大学病院に限られており、治療システムは高価で、半田病院では実施できなかった。
その意味では一般的な治療法とは言い難く、この治療法の 5年生存率は明らかにされておらず、いまだ試行的治療の段階であった (乙第5号証、甲第11号証の3)。
- 次に、私は、●●殿には開腹による肝切除術ではなく、腹腔鏡下の肝切除術を選択した。
- 腹腔鏡下肝切除術についての後述の学会発表や文献などから、私は、一定の適応が満たされる症例であれば、当時、すでに有力な治療法として認められつつあると認識していた。
一定の適応とは、新医療 1994年 2月号掲載の「腹腔鏡下肝臓手術の現況」と題する論文にも指摘されているように (甲第7号証 48頁)、「腫瘍側の要因では
(1) 肝外側区域または S4・S5・S6 の肝縁近くのもので、
(2) 大きさ 5cm 以下の単結節型で、肝内転移や脈管侵襲を有していない肝外発育型の腫瘍
としており、さらに、肝機能面では臨床病期 I 〜 II。
その他重篤な合併症を有していないことと、上腹部外科手術の既往の無いもの」
と私は当時理解していた。
- 一方、●●殿の場合、肝細胞癌は S6 の区域の辺縁にあり、腫瘍は 2.1cm x 2.1cm の大きさで、単結節型で、肝内転移や脈絡侵襲のない肝外発育型であり、臨床病期は II期と判断され、重篤な合併症もなく、上腹部手術の既応もないので、適応があると考えられた (なお、乙第2号証 983頁、984頁 表 参照)。
- 腹腔鏡下の手術について、私は冒頭に述べたような術者としての手術経験があるし、腹腔鏡下の手術については、研修のため次の 2つの学会に参加してビデオ発表を視聴した。
- 第 56回日本臨床外科医学界総会 (会期 1994年 11月 17日 〜 同年同月 19日) におけるビデオセッションの V-78 「肝癌に対する腹腔鏡下補助下手術」 (大阪年金病院発表) および V-79 「腹腔鏡下肝切除における凝固止血装置の使用経験」 (東邦大学大森病院第2外科発表)
その報告の要約は学会誌にも掲載されている (乙第19号証 163頁)。
- 第 45回日本消化器外科学会総会 (会期 1995年 2月 23日、24日) におけるビデオセッションの R-52 「肝膵疾患に対する腹腔鏡下手術の手技と適応」 (大分医科大学第1外科発表)、R-53 「肝細胞癌に対する腹腔鏡下治療」 (兵庫医科大学第1外科発表) および R-54 「腹腔鏡下肝外側区域切除の試み」 (東邦大学第2外科発表)
この報告の要約も学会雑誌に掲載されている (乙第20号証)。
- その他腹腔鏡下の肝切除術については、「腹腔鏡下肝切除術の手技 (乙第6号証)」、「腹腔鏡下手術の肝切除術への応用」 (乙第7号証) の報告も私は目を通していた。
- 私は●●殿の前にも腹腔鏡下で肝切除術を行った経験がある。
患者は 73歳の女性で、S6 の区域に直径 3〜4cm の大きさの単結節型の肝細胞癌 (病気 II期) の症例で、手術は 1995年 3月 10日に行い、手術は成功し同年 3月 18日に退院となっている。
この患者はその後同年 11月 14日に S7 の区域に癌の再発が発見され、肝動脈塞栓術 (TAE) を受けたが、1996年 5月 15日腹腔内転移が発見され、同年 9月 3日死亡した。
- 外科転科後手術までの診療経過
- 1995年 6月 12日の血液検査では血小板数 4.7万と低く、プロトロンビン時間は 69% だった (乙第15号証 19-10頁)。
同年 6月 14日実施の血液生化学検査では、アルブミンは 3.0g/dl と低く、コリンエステラーゼは 0.36Δ/PH と低く、総ビリルビン値は 1.7mg/dl と高かった。
- 私は右の検査結果からも、肝機能の程度は中等度で、肝全体の 8分の 1程度を切除する亜区域切除の適応はあると考えた。
- 1995年 6月 13日、私は●●殿の病室を回診した。
その時●●殿の奥さんが付き添っていたので、手術の説明をしたいと言ったら、奥さんは同年 6月 15日の手術当日に息子が来るので、午前 11時に息子に説明してほしいと希望された。
そこで、私は、その時間は外来診察があるので、午前 12時に説明することを約束した。
手術当日、私は、●●殿の奥さん、息子さん、娘さんに対して、●●殿の場合、大きさ約 3cm の肝硬変を合併した肝細胞癌であり、その部位は肝表面にあるため、肝切除術が治療法として適当と考えられること、肝切除術としては通常開腹術がとられるが、腫瘍が肝臓の前方の辺縁に位置するため腹腔鏡下での肝切除術が可能と考えられること、腹腔鏡下で肝切除術を行えば、手術侵襲が少ないなどの利点があること、ただし、腹腔鏡下では手技上の制限があるため、必ずしも可能とはいえないこと、出血量が増えたり手術が困難となった場合は開腹術に変更になることを話し、肝切除の一般的な合併症として、術後出血や胆汁瘻、肝不全が起きる可能性があることも説明した。
その際息子さんから、半田病院での腹腔鏡下肝切除術の実績について質問があったため、●●殿が 2例目の腹腔鏡下肝切除術であること、1例目に行った患者は術後経過が良好で術後約 10日間で退院可能であったことを説明した。
以上の説明を 30分近い時間をかけて行ない、その結果、息子さんは納得して「手術及び病状説明書」に署名された。
(以上 乙第15号証 13頁 参照)。
- 手術の経過
- 第1回の手術
- 1995年 6月 15日午後 0時 56分全身麻酔の開始し、午後 1時 45分腹腔鏡下の肝切除術を始めた。
(乙第15号証 4頁、11頁 参照)
- この腹腔鏡下の肝切除術に当たっては、手術開始から 120分間ビデオ撮影をしており、ビデオテープ (乙第18号証の 1)が残っている。
ビデオテープに撮影されている手術操作の概略は、「乙第18号証の 1のビデオテープの説明」 (乙第18号証の 2)に記載したとおりである。
されに、1999年 1月 22日半田病院において、私が原告代理人らにビデオテープの指示、説明を行ったが、その内容は「ビデオ見分報告書」 (甲第14号証) 記載のとおりである。
- 腹腔鏡下の手術は、腸管内のガスが多く、肥満のため小腸が邪魔をして視野が良くなかったこと、腫瘍のある肝右葉前縁の大網の癒着が強く剥離に時間を要したこと、エコーで肝S6 の腫瘍を確認して切離線をマーキングして肝切除を始めたが、肝硬変の程度が強くて超音波メス (キューサー) では有効に切離できず、電気メスを併用して切離を進めたが、時間を要し、手術開始後約 3時間を経過した時点で、肝切離は 3分の 1程度で、腫瘍を栄養している肝動脈、門脈の切離もまだ終わっていなかった。
そこで、私は腹腔鏡下の手術では困難と判断して開腹手術に移行することにした。
この時点までの出血量は 550ml であった。
(以上、乙第15号証 5頁、11頁、52頁 参照)
- 開腹手術後も、肥満のため肝が頭側に位置し、切除しにくかったが、超音波メスを使用して肝切除術を終了した。
肝断面からの出血は 4-0 プロリン (止血用の針糸) を用いて縫合止血したが、肝断面からのウージング様の出血 (にじみ出るような出血) が多く、これに対しては止血剤のアビテンを散布し、オキシセル (止血剤)、ボルヒール (フィブリン糊) を使用して止血を確認し、閉腹した。
手術終了は午後 7時 25分、開腹切除中の出血量は 1,217ml であった。
なお、閉腹時の血圧は 180 だった。
(以上 乙第15号証 4頁、5頁、11頁 参照)
- 午後 7時 30分頃、私は家族に肝切除術が終了したこと、現在麻酔から覚醒中であることを報告した。
- 再開腹手術、再々開腹手術とその後の経過
- 私が家族に対する説明を終えて手術室に帰ったところ、麻酔の覚醒を行っていたが、肝断面に留置した排管 (ドレーン) より血性の廃液が続いており、20分程観察しても量は減らなかった。
私は腹腔内に術後出血が続いていると判断し、再開腹手術を決定した。
午後 8時 15分頃私は口頭で家族に対して再開腹による止血を行う必要性を説明し、その承諾を得た。
(以上 乙第15号証 6頁、52頁 参照)
- 麻酔はそのまま続行することにし、午後 8時 55分に再開腹手術を開始した。
出血部位は肝断端および肝周囲の剥離部の細い側副血行路からのにじみ出るような出血であった。
多数の出血点があり、4-0 プロリンで数十針止血を行ったが、血液がしゃびしゃびの感じで凝固しにくく、十分に止血することは困難であった。
そのため、午後 10時頃、息子さんに生血の供血者を探すように依頼し、その結果 5人からの生血を得ることができた。
肝断面の出血部をガーゼで圧迫し止血を行いながら、生血の輸血を開始した。
生血 1パック (400ml) が輸血された時点で出血量の減少がみとめられた。
この際、結紮や縫合操作を続けるより圧迫止血の方が有利と判断したため、タオルを 5枚肝断面周囲に留置し、出血部を圧迫した状態で、後刻さらに再開腹手術を予定して閉腹した。
手術終了は翌 6月 16日午前 1時だった。
再開腹手術時間は 4時間 5分、出血量は 3,157ml だった。
(以上 乙第15号証 4頁、6頁、12頁、52頁)
- 術後排液管からの出血が続いたため、生血 5人分の輸血を午前 8時まで続けた。
生血 5人分が輸血された時点 (午後 7時頃) で排液が凝固するようになり、血液凝固異常が改善してきていると判断されたが、排液管よりの出血は依然続いていた。
(以上 乙第15号証 63頁 参照)
- そこで、私は、再々手術を行うことにより肝断面を圧迫しているタオルを除去し、出血部位を確認し、止血操作を行うことにした。
家族にも再々開腹して止血を確実にするのがよい旨説明し、さらに手術用に生血 6人分を使用したい旨伝え、その承諾を得た。
午前 9時 33分より再々開腹手術を開始し、午前 11時 37分終了した。
今回の手術時の出血量は約 1,216ml であった。
出血は主として肝周囲の細い側副血行路からの出血であった。
縫合止血操作と残ったウージング様出血に対してはオキシセル綿花、オキシセルガーゼ、スポンゼルなどの止血剤で圧迫することにより閉腹時にはほぼ完全に止血できた状態となった。
(以上 乙第15号証 14頁、15頁、16-2頁)
- 午後 0時頃集中治療室へ帰室した。
以後排液管よりの出血は少量であり、血圧は 80前後となり、循環動態は落ち着いていた。
(以上 乙第15号証 64頁)
- 午後 10時頃になって血圧が徐々に低下し始めた。
尿量は極少量となり急性腎不全を合併した状態となった。
昇圧剤の増量、輸血を行ったが、血圧の上昇は見られなかった。
午前 1時 30分頃血圧はさらに低下し、30台となった。
午前 2時すぎ、家族に対して、現在出血は治っているが、腎不全、肝不全のため血圧は低下しているができるだけのことはしていること、しかし、回復は困難な状態にあることを説明した。
午前 3時頃には出血は止まっているのに血圧は 20台となった。
昇圧剤はほぼ極量まで増量されていた。
午前 4時頃心停止となる。
アドレナリン 1A を静注し、心マッサージを開始したが、心拍は全く再開せず、瞳孔は拡大した。
午前 4時 15分、亡●●の死亡を確認した。
(以上 乙第16号証 54頁、55頁、65頁)
III ●●殿の死因
- ●●殿の死因は、肝切除後に播種性血管内凝固症候群 (DIC) を併発し、そのため多臓器不全、特に肝不全を合併したことに求められる。
- ●●殿が DIC を発症していたことは次の事実から診断できると考える。
- 再開腹時、肝断端からウージング様の出血が多く、針糸を数十針かけて止血しようとしたが、次々と別の部位より出血し、止血が困難であったこと、血液がしゃびしゃびの感じで血が固まらない状態であったことから、再開腹時に DIC を発症していたとみることができる。
- 再開腹手術後に 5人分の生血を輸血したため、再々開腹手術時には血液凝固能は改善してきており、出血部を縫合止血し、残ったウージング様出血部に対しては、オキシセル綿花、オキシセルガーゼ、スポンゼル等の止血剤で圧迫することにより、ほとんど出血がないまで改善することができた。
再々開腹手術中にも、さらに、6人分の生血 2,520ml を輸血した。
DICによる血液凝固異常状態では、血液凝固因子が低下しているため、血液が固まりにくい状態になっている。
生血には血液凝固因子が多量に含まれているため、生血の輸血は DIC による出血を止めるほとんど唯一の手段といえる。
生血 11人分の輸血により血液凝固が改善したという事実が、逆に、DIC を発症していたことの証明になるものと思う。
- DIC は種々の重篤な疾患を基礎とした凝固亢進による全身多発性の微小血栓傾向、その結果としての凝固因子過剰消費および2次線溶発現による出血傾向が同時にみられる特異な病態とされている。
DIC は一旦発症すると将棋倒し的に凝固、線溶系のバランスの破綻を来し、微小循環不全や制御困難な出血傾向を招き、予後はきわめて不良である。
(乙第27号証 1,204頁)
●●殿の場合、肝硬変患者であったため、術前の肝機能は、ICG-R15 は 25%、総ビリルビン値は 1.7ml/dl、プロトロンビン時間は 69% と中等度低下しており、術前の血小板は 4.7万と低く、血液凝固能も低下しており、DIC になり易い患者であったことは確かである。
しかしながら、肝予備能に応じた適正な術式を選択すれば、DIC が単独で発生することはまれであるとされており (乙第27号証 722頁)、手術が肝全体の 8分の 1程度を切除する亜区域切除術であった点から、私は手術は適正と判断していた。
術中の大量出血が引き金になって DIC を続発することがあるとの記載の文献もあるが (乙第27号証 722頁)、●●殿の場合、肝切除術時の総出血量は 1,767ml (腹腔鏡下手術時 550ml、開腹手術時 1,217ml) で、亜区域切除としてはやや多い量であるとはいえ、一般に大量出血とは数千ml レベルの出血のことをいうので、右の程度の出血は大量出血とはいいえない。
したがって、1,767ml 程度の術中出血量が誘因となって DIC が発症したということは、術前検査の数値以上に●●殿の肝予備能と血液凝固能が低下していた可能性があり、私の予測を超える結果だったとしかいえない。
- DIC に対しては、精力的に生血を輸血をすることによって止血を果たすことができたが、DIC のため肝不全が合併したため●●殿は死亡された。
- 私は根治可能性の高さを考えて、●●殿の肝細胞癌の治療法として、肝切除術が最適と考えたが、術前に予測しえなかった DIC が発症したため、不幸な転帰となったのを残念に思う。
以上
1999年 4月 8日
住所
氏名 ●●● ●