医療過誤裁判 私の場合 訴状骨子
最終更新日: 2002年09月16日、 アクセスした日: 12月14日

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目次

1 医療事故

2 当事者

3 損害賠償請求額

4 請求の原因の骨子

4.1 患者が本件手術を受けるに至った経緯

4.2 本件手術および事故の発生

4.3 被告の責任

4.3.1 債務不履行

4.3.1.1 腹腔鏡下肝切除術の問題点

4.3.1.2 腹腔鏡下手術の適応なし

4.3.1.3 説明義務違反

4.3.1.4 本件手術実施上の過失

4.3.2 不法行為

1 医療事故

手術: 1995年 6月 15日

腹腔鏡下の肝切除手術 (肝臓S6の原発性の肝臓がんで、直径 2cm)を実施し、手術中に開腹手術に切り替えたが、大量出血を来たし、出血性ショック、肝不全、腎不全により手術の2日後である6月17日に死亡。

患者は、C型肝炎から肝硬変の合併症があった。

2 当事者

原告
被害者(当時63歳)の遺族(妻と長男、長女)
妻(64歳)、長男(38歳)、長女(37歳)

被告
半田市(医療機関: 半田病院)、執刀の外科医個人

3 損害賠償請求額

総額 金6,798万4,524円

4 請求の原因の骨子

4.1 患者が、本件手術を受けるに至った経緯

  1. 患者は、1993年9月 半田病院内科でC型肝炎の診断で通院し、同年10月同病院内科で肝硬変の診断、引き続き通院していた。

  2. 患者は、1995年4月、腹部CT検査により肝臓S6(肝区域の後下区域 secteur 6)に肝臓細胞癌の存在が確認され、精密検査のため同年5月15日同病院内科に入院し、血管造影検査等の検査の結果、肝臓細胞癌であるとの診断を受け(肝臓S6に、直径2cmないし3cmの腫瘍)、同病院内科主治医から、同年6月1日 「S6に限局した単発の細胞癌であり、肝機能も悪くないから、肝臓切除の手術が最良の治療法である」 旨の説明を受けた。

    なお、その際、医師は、患者および同席した原告++++および原告****の手術費用に関する質問に対して、右肝臓手術については健康保険が適用されるとの説明をした。

  3. 患者は、右医師の指示により、同年6月6日、同病院外科の被告医師の診察を受けた。 被告医師は、患者に対して、肝臓切除手術は腹腔鏡下手術の方法をとる旨告げたが、同手術の具体的な方法や危険性については説明しなかった。

4.2 本件手術および事故の発生

  1. 午後0:56 麻酔開始。

  2. 午後1:45 腹腔鏡下手術開始。

  3. 右手術開始後、約3時間を経過して、術中の肝臓からの出血量が多く、手術視野が悪いために、開腹手術に移行。

  4. 午後7:25 右開腹手術を終了。

  5. 午後8:55 再開腹手術開始、翌日16日午前1:00終了。
この間、手術時間は、実に 11時間15分、麻酔時間は 12時間24分を要している。

そして、この手術中の出血量は合計4,924mlに達した。

人間の循環血液量は、およそ体重(kg)の12分の1ないし13分の1(l)とされ、男子の平均値は1kgあたり80mlである。 患者は、本件手術当時体重が72kgであったから、循環血液量は5,500mlないし6,000ml (平均値5,760ml)ということになるので、本件手術中の前記の出血量が非常に大きいことは明らかである。

したがって、本件手術中に右のような大量の出血があったことは、本来手術侵襲性を少なくすることを目的とする本件腹腔鏡下の手術の目的に反する結果になっていることもまた明らかである。

右手術後も肝臓からの出血は持続したため、同月16日午前9:33 止血のための再手術を実施したが、その効果なく、患者は、結局、出血性ショック、肝不全、腎不全により同月17日午前4:15 死亡した。

4.3 被告の責任

4.3.1 債務不履行

4.3.1.1 腹腔鏡下の肝臓切除手術の問題点

  1. 腹腔鏡下手術とは、腹部に数カ所の穴をあけ、腹腔鏡(内視鏡)と手術器具を腹腔内に挿入して手術を行うものであり、1987年にフランスにおいて腹腔鏡下胆嚢摘出術が実施されて以来、普及してきた新しい手術の技術であり、その利点としては、

    • 手術侵襲が少ない
    • 術後疼痛が軽度である
    • 早期離床、早期社会復帰が可能である
    • 手術創が小さく美容上好ましい

    等があげられる。

  2. しかしながら、肝臓切除手術に関しては、次のような問題があるため、腹腔鏡下手術は、まだ確立した手術方法とは認められるに至っていない。

    1. 肝臓は、横隔膜の下に存在するために、腹腔鏡かでは十分な手術視野が得られ難い。

    2. 肝臓は、血流が豊富な臓器であり、手術操作により出血を来たしやすく、また、一旦出血を来たすと、止血が困難である。

    3. 肝臓癌は、しばしば肝硬変を合併しており、その場合には、さらに出血しやすく、かつ、出血があると止血が困難に陥る危険がある。

  3. 右のように腹腔鏡下の肝臓切除手術はまだ手術方法として確立したものと認められていないので、厚生省も、胆嚢摘出術や鼠徑ヘルニアなどの手術については腹腔鏡下手術に健康保険適用を認めたが、1996年3月8日付告示においても腹腔鏡下の肝臓切除手術については健康保険適用の対象外としている。

  4. 肝臓癌については、肝臓切除手術のほかに、肝動脈塞栓療法(TAE)、エタノール注入法(PEIT)、内視鏡下(腹腔鏡下)マイクロ波凝固壊死療法(endo. MCN)などの治療法が行われている。

    肝動脈塞栓療法 (TAE)とは、肝動脈に細い管(カテーテル)を挿入し、塞栓剤を注入して、肝動脈を閉塞させて、癌細胞の栄養源と酸素補給源を断ち、癌細胞を壊死させる治療法である。 肝臓、全身への影響が少ない。

    エタノール注入法 (PEIT)とは、エタノールのタンパク凝固作用を利用して、エタノールを直接肝臓癌細胞に注射して瞬時に凝固させて細胞を殺す方法である。

    内視鏡下マイクロ波凝固壊死療法とは、従来肝臓切除手術の際の出血制御を主な目的として使用されてきたマイクロ波発生装置に改良を加えて、内視鏡下で針状電極からマイクロ波を発振して、肝臓癌細胞を凝固し、急速に凝固壊死に陥らせる治療法であり、肝臓を切除することなく、肝臓全体に及ぼす影響も少なく、治療成績も肝臓切除例とほぼ等しい成果をあげている。

    特に、本件のように肝臓癌が直径3cm以下の症例では、切除術とエタノール注入法(PEIT)あるいは内視鏡下(腹腔鏡下)マイクロ波凝固壊死療法の成績はほぼ同一であり、近年は、より安全で患者の身体に対する侵襲の少ないエタノール注入法または内視鏡下マイクロ波凝固法を第1選択として行う症例が増加している。

    そして、肝硬変を合併している場合には、特にエタノール注入法または内視鏡下マイクロ波凝固壊死療法が第1選択とされ、肝臓癌の位置等の関係でPEIT等が不可能な場合に切除手術が適応とされ得る。

  5. 以上のことから、本件のような大きさの肝臓S6の原発性肝臓癌で、肝硬変を合併している症例では、腹腔鏡下の肝臓切除手術の適応については特に慎重に検討すべきであり、また、患者に対しても、腹腔鏡下手術の適応、必要性および危険性、そして他の治療方法について十分かつ適切な説明(インフォームド・コンセント)を尽くしておくことが必要である。

4.3.1.2 腹腔鏡下手術の適応は認められないにもかかわらず、あえて漫然と腹腔鏡下手術を実施した債務不履行の責任がある。

  1. 本件症例は、前記のとおり、肝硬変を合併していたので、出血の危険性および出血を来たした場合の止血が困難に陥る危険性を十分予見することができた。

  2. また、患者には、食道静脈瘤の存在も術前に認められていた。

    肝硬変に罹患すると、門脈の血流が阻害され、血液が食道の静脈に押し寄せて食道静脈瘤を形成するのであり、この点からも手術による異常出血の危険を予見すべきである。

  3. 患者の本件手術前の検査により血小板値が4万7,000で、正常値(測定方法により差異があるが、概ね15万ないし35万で、平均20万が正常範囲とされる)より非常に少ないことが認められていた。

    肝硬変に罹患すると、血小板の減少が見られることがあり、右のような血小板減少の点からも、肝切除手術による出血の危険性及び止血困難に陥る危険性を予見することはできた。

  4. 腹腔鏡下手術では、もともと手術視野が制約されるために、広い手術視野を得ることができないうえ、患者は、肥満しており、腹壁の脂肪が厚いために、腹腔の膨らみが不十分で、腹腔鏡下の手術では、手術視野を確保し難いことも予見することが可能であった。

    被告医師は、本件手術後、原告****に対して、 「脂肪があって、患部が見にくかった」 旨説明したが、それは腹壁の脂肪が厚いために手術視野を確保し難かったことを認めるものであり、そのような事態は術前に当然予見することができたことである。

  5. 本件症例は、肝臓S6の比較的表面に小肝癌が存在していたので、エタノール注入法および内視鏡下マイクロ波凝固壊死療法の適応が認められる。

  6. 以上の諸点から、本件症例では、エタノール注入法または内視鏡下マイクロ波凝固壊死療法が第1選択の方法であり、肝臓切除手術は控えるべきであり、特に、その切除手術の方法として腹腔鏡下の手術の適応ではないというべきである。

  7. 被告半田市の履行補助者である被告医師は、右のような腹腔鏡下の適応が認められないのに、あえてこれを実施した結果、その手術中および術後に異常な出血を来たし、止血困難に陥り、出血性ショックにより患者を死亡に至らせたものであり、被告半田市は債務不履行の責任を負うべきである。

4.3.1.3 被告半田市(履行補助者被告医師および前記内科医師ら)の患者に対する説明義務違反(インフォームド・コンセント義務の違反)の債務不履行責任

  1. 前記のとおり、腹腔鏡下の肝臓切除手術は、まだ医学上確立したものとされておらず、その手術症例もまだ多く蓄積されていない。

  2. 医師が、このような未だ開発途上の試行的な治療法を選択しようと考えたときは、患者に対して、次のような説明をして、同意を得ること(インフォームド・コンセント)が必要である。

    1. 試行的な治療行為であること

    2. 当該治療行為の有効性とその合理的な根拠

    3. 当該治療行為をとる必要性とその合理的な根拠

    4. 当該医療機関でとられる当該治療行為の実施の成否を含めて、それを審査する第3者機関の存在の有無、それが存在する場合には、そこでの承認の有無

    5. 当該治療行為を採用した場合の危険性。 特に、それによって患者の死亡や重大な後遺障害を残す危険性のある場合には、その危険性の具体的内容およびその発生の程度

    6. 右危険性がある場合、その危険性が具体化した場合における医師の対応措置の内容

    7. 当該疾病に対して従来とられている他の治療方法がある場合には、対処療法を含めて、その内容及びその効果の程度、他の治療方法と当該試行的治療行為との比較

    8. 当該医師および医療機関における当該治療行為の試行の程度、その際の結果、内容。 他の医療機関における試行の程度、その結果、内容。

    9. 患者は、当該治療行為を拒否することができ、拒否した場合にも、医師から何等の不利益処置も受けないこと

    10. 患者は、一旦、当該治療行為を承諾した場合でも、その治療行為の前のみならず、当該治療行為の継続中でも、いつでもその行為の拒絶、中止を述べることができること

  3. しかるに、被告医師らは、患者に対して、右のような説明をしなかった。

    すなわち、

    1. 原告****が本件手術前に、前記内科医師に対して、半田病院における肝臓切除手術の実績について質問したのであるが、腹腔鏡下の肝臓切除手術は半田病院では本件が未だ2例目であったのに、医師らは右質問に対して明確に答えず、説明を回避した。

    2. そして、腹腔鏡下の肝臓切除手術は、前記のとおり、未だ健康保険の給付の対象として認められていないのに、前記医師らは、患者や原告らに対して、健康保険給付の対象であると虚偽の説明までして、患者をして、被告医師らが勧める腹腔鏡下の肝臓切除手術が安全性の確立した手術方法であると誤信させた。

    3. 患者が外科へ転科する前日である同年6月11日、原告****が、患者から腹腔鏡下手術を受けることを聞き、それがどんな手術なのかを尋ねると、患者は 「内視鏡で手術するから、1週間くらいで退院できるらしい」 というだけで、手術の危険性についての説明は受けていないと述べていた。 もちろん、患者は、腹腔鏡下の切除手術以外の治療法との比較等についての説明を医師から受けていない。

    4. 同月13日、原告++++は、患者が医師から右の程度の説明しか受けていないことから、不安になり、被告医師に手術についての説明を強く求めたのに、同被告はなんら説明をしようとしなかった。

      そこで、原告++++は、 「手術当日は息子も来るので、11時に説明していただけるんですね」 と言ったところ、同医師は、 「12時ごろ来ていただけば十分です」 と言い放った。

    5. 本件手術当日である6月15日、午後0:30頃、患者は手術室へ搬送されたが、その頃になって、ようやく被告医師は、原告****、原告*****に対して、合併症として肝不全、出血、胆汁瘻があることを説明したが、当初から開腹手術を実施した場合と本件腹腔鏡手術の危険性の比較についてはなんら説明しなかった。

      原告****が、同被告に対し、開腹手術のほうが安全なのではないかと質問すると、同被告は、 「腹腔鏡下手術の方が患者の負担が軽く、退院も早くなる」 としか答えなかった。

      原告****は、腹腔鏡下手術による肝切除術の症例数を質問すると、同被告は、本件手術が2例目であることを初めて告げた。

      原告****は、この時点において手術の中止を申し出ることも考えるほど不安になったものの、すでに患者が手術室に搬送されており、腹腔鏡下手術の危険性もわからない状態で、専門医である被告医師に対して、今更手術の中止を主張するまでの決断もつかないまま、「手術及び病状説明書」に署名をしてしまった。

    6. 被告医師らとしては、本件手術を実施するにあたっては、本件手術自体が緊急の切迫した必要性のある手術ではないのであるから、患者およびその家族らが十分熟慮することができるだけの時間的余裕をもって、十分適切な説明をなすべきであるのに、被告医師らは、以上に述べたとおり、これを怠り、むしろ、患者側に的確な情報も熟慮の余裕も与えないで、本件手術に同意を求め、本件手術の実施を進めて行ったのである。

  4. 以上のように、未だ医学的に確立された治療法でない場合において、医師が患者に対して必要なインフォームド・コンセントを怠ったときは、患者はその治療行為を拒絶する自己決定の権利を侵害された結果、その治療行為の選択に同意したものであるから、その治療行為の結果生じた患者の損害は、右のインフォームド・コンセントの義務違反と相当因果関係がある。

  5. 患者や原告らは、被告医師らから、前記のような十分な説明を適切になされておれば、より慎重に熟慮して、あえて腹腔鏡下の肝臓切除手術に同意することはなかった。

4.3.1.4 本件手術実施上の過失

  1. 本件手術中、合計4,924mlの出血が生じている。

    腹腔鏡下の肝臓手術において的確に止血の処置をしなかった。

  2. 被告医師は、腹腔鏡下で十分な手術視野を得られない状態で、肝臓からの出血を的確に止血する処置ができないときは、直ちに開腹手術に移行して、的確に止血の処置をなすべき注意義務があるのに、これを怠り、腹腔鏡下手術の遂行にこだわり、漫然と約3時間もの長時間腹腔鏡下で肝切除の手術操作を続け、いたずらに肝臓の損傷を拡大した過失によって、開腹手術に移行して止血の処置をしても、有効に止血できないまま、出血性ショックにより患者を死亡するに至らせた。

4.3.2 被告らの不法行為責任

被告医師は、患者のために最善の医療を行うことよりも、自己または半田病院の実績を上げることを優先して、患者に対して、腹腔鏡下の肝臓切除手術の危険性等を説明せず、また、腹腔鏡下の肝臓切除手術の適応がないのに、あえて本件手術を実施し、かつ、その手術においても的確な止血処置を怠った過失がある。

よって、被告医師は民法709条により、被告半田市は、民法715条により責任を負う。

以上

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